香りと漂白剤を駆使して心の地図をデザインするアーティスト、エミリー・ピュー

火のついたお香と化学薬品(漂白剤と火薬)という、一見危険な組み合わせ。だが、25歳のエミリー・ピューは、そんな素材を駆使して、自身の心の地図をデザインする。その直感(と運)だけを頼りにして。

「精神世界のものから科学的物質まで」万物が持つつながりに導かれ、ロンドン在住のエミリー・ピューは、そのアートスタジオを科学実験ラボに変貌させつつあった。火薬と火、そして漂白剤を使って彼女が静かに描き出すのは、反発し、混じり合いながら生命を左右する宇宙の力の機微だ。自身の作品が持つほのかな複雑さを、ピューはささやきに例える。双方とも、人を前のめりにし、人間の知覚では捉えられないくらいのものに引き寄せ、気づかせるからだ。

作品を通して伝えたい、最も大切なものは何ですか?

生きていることの重要性。衰えたり、分解したり、回復したりという形態をとって、生物である私たちは常に動き、変化してるの。私の作品のベースになっているのは、鍼治療なんかの東洋医学に見られる、体を地図で表すような考え方。スケッチは使わず、自分の直感に従ってつくり上げるのよ。一つの点が、次の点の鍵になるというようにね。

直感にのみ頼って作品をつくるアーティストはたくさんいますよね。なぜそれがあなたにとって大切なことなのでしょう。

生命エネルギーに宿るつながりを視覚的に表現しようとすると、どうしても自然エネルギーが必要になるの。直感を使うときは、みんなそういうふうになるわ。自分の心と体を信じなきゃならないから。禅や瞑想なんかも、これと関係してる。私のつくるものと、私がそれを通して伝えたいことは、とても瞑想的なんだと思う。

内的なもの以外に、外的要素からインスピレーションを受けるとしたらどんなものでしょうか。

今は、科学的なイメージに注目してるの。天体とか、宇宙とか、細胞の姿とか。塩田千春、シラゼー・ハウシャリー、そしてジュリー・メーレトゥみたいに、エネルギーの通る道を題材にするアーティストが大好きで、今はそういう「アーティストのタッチ」も気になってる。だって最近はそういうタッチが失われつつあるから。私がドローイングにすごく影響を受けているのも、それが理由。ドローイングからは、腕や手の動き、画家の脳裏をよぎった想い、そしてアートの後ろに隠された人間を見てとることができるから。

表面的には、あなたの作品は暗く、不吉にさえ見えます。ですが、近くで見ると、そこには確かな繊細さがありますよね。このコントラストは意図的なものなのでしょうか。

人を不快にさせるような作品はつくらないわ。細かすぎたりフェミニンすぎたりするものは、私もちょっと怖いと思うから、自分の作品のいくつかはとても分かりにくくしてあるの。ほとんど見えないくらいにね。最も強い影響を受けたのは、日本の侘び寂びの思想。その根幹にあるのは、万物が持つ美とはかなさを賛美する考えなのよ。感傷的かもしれないけど、根底にあるのはポジティヴで美しいものだと思うわ。作品の質感と手法を通して、私はそれを伝えたいの。

あなたは作品を描くために、お香や漂白剤、化学薬品や火薬など、ちょっと変わった素材を使っています。何がきっかけでこうした代替手段に思い至ったのでしょうか。

以前に、中国人のアーティストたちの展覧会に行ったんだけど、その中の一人が、タバコで紙を焼いて作品をつくっていたの。もう一人は、修道院で使われたお香の灰を使って絵を描いていたわ。仏僧も、瞑想の時間を計るためにお香を使うのよ。もともと、一本ずつ香りの違うお香を何本か集めて時計を作っていたの。そうすれば、ほのかに変化する香りで時間を知ることができるから。通常とは違う方法で作品に印や穴をつくるというアイデアに私が至ったのは、そういう経緯があったからだと思う。素材やそれが持つ物理的特性は、メタファーのように作用して、作品のコンセプトを強めてくれるように感じるの。だから、何を使うかは、私がなにを表現したいかによって変わるというわけ。

魅力的な素材には、いったい何があるのでしょうか?

化学薬品をかけた金属を削ったり、漂白剤の泡をさわったり、火薬のような危険なものを使って美しい印を描き出したり。偶然と必然のあいだにある緊張感を楽しんでいるわ。

その素材は、どれも刺激臭がしますよね。これもデザインに影響したりしますか?

そう、それは制作上とても大きな位置を占めているわ。本来あるはずのない制約をもたらすという意味で、デザインに多大な影響を与えているし。私が素材をどこまで使うかは、匂いや煙に左右されるのだから。

それはどういうことですか?

煙によって、私が一度にどのくらいの時間作業できるかが決まるわ。ごく少量の火薬を使った1回の爆発で、スタジオに濃い煙が充満してしまって、長いこと消えないんだから。お香も同じ。香りはほのかだけど、すごく近くで作業しなければならないから、せいぜい30分程度しか続けられないの。腐食性の素材で絵を描くときは、作品に触ったり、ぼかしたり、こすったりすることができなくなる。飛び散っただけで火傷するし、広い場所に注ぐときは匂いにもやられてしまうし。私が使う薬品はとても強いから、仕上げた後でスタジオにいるのも辛いくらい。正直、私のスタジオって、だんだん化学実験ラボに似てきたみたい。

This Week

和洋新旧の混交から生まれる、妖艶さを纏った津野青嵐のヘッドピース

アーティスト・津野青嵐のヘッドピースは、彼女が影響を受けてきた様々な要素が絡み合う、ひと言では言い表せないカオティックな複雑さを孕んでいる。何をどう解釈し作品に落とし込むのか。謎に包まれた彼女の魅力を紐解く。

Read More

ヴォーカリストPhewによる、声・電子・未来

1979年のデビュー以降、ポスト・パンクの“クイーン”として国内外のアンダーグランドな音楽界に多大な影響を与えてきたPhewのキャリアや進化し続ける音表現について迫った。

Read More

小説家を構成する感覚の記憶と言葉。村田沙耶香の小説作法

2003年のデビュー作「授乳」から、2016年の芥川賞受賞作『コンビニ人間』にいたるまで、視覚、触覚、聴覚など人間の五感を丹念に書き続けている村田沙耶香。その創作の源にある「記憶」と、作品世界を生み出す「言葉」について、小説家が語る。

Read More

川内倫子が写す神秘に満ち溢れた日常

写真家・川内倫子の進化は止まらない。最新写真集「Halo」が発売開始されたばかりだが、すでに「新しい方向が見えてきた」と話す。そんな彼女の写真のルーツとその新境地を紐解く。

Read More

動画『Making Movement』の舞台裏にあるもの

バレリーナの飯島望未をはじめ、コレオグラファーのホリー・ブレイキー、アヤ・サトウ、プロジェクト・オーらダンス界の実力者たちがその才能を結集してつくり上げた『Five Paradoxes』。その舞台裏をとらえたのが、映画監督アゴスティーナ・ガルヴェスの『Making Movement』だ。

Read More

アーティスト・できやよい、極彩色の世界を構成する5つの要素

指先につけた絵の具で彩色するフィンガープリントという独特の手法を用いて、極彩色の感覚世界を超細密タッチで創り出すアーティスト・できやよい。彼女の作品のカラフルで狂気的な世界観を構成する5つの要素から、クリエーション誕生の起源を知る。

Read More

『Making Codes』が描くクリエイティヴな舞台裏

ライザ・マンデラップの映像作品『Making Codes』は、デジタルアーティストでありクリエイティヴ・ディレクターでもあるルーシー・ハードキャッスルの作品『Intangible Matter』の舞台裏をひも解いたものだ。その作品には、プロデューサーとしてファティマ・アル・カディリが参加しているほか、アーティストのクリス・リーなど多くの有名デジタルアーティストが関わっている。

Read More

ハーレー・ウェアーの旅の舞台裏

写真家ハーレー・ウィアー(Harley Weir)が世界5カ国に生きる5人の女性を捉えた旅の裏側、そして、ドキュメンタリー映像作家チェルシー・マクマレン(Chelsea McMullen)が現代を象徴するクリエイターたちを捉えた『Making Images』制作の裏側を見てみよう。

Read More

ローラ・マーリンが表現する、今“見る”べき音楽

イギリス人のミュージシャン、ローラ・マーリンのニューアルバムに満ちている“ロマンス”。男っぽさがほとんど感じられないその作品は、女性として現代を生きることへの喜びを表現している。

Read More
loading...