月世界へいざなうコズミックなルイーズ・ビアの世界

自分自身と宇宙という大いなる“他者”との関連性にインスパイアされた、ルイーズ・ビアのアート。写真とインスタレーションを融合させたその作品群を目にした者は、彼女がつくる神秘的な宇宙空間に引き込まれてしまうのだ。

ニュージーランド出身で、現在はロンドンで活動するアーティスト、 ルイーズ・ビア(Louise Beer)。 写真とインスタレーションを組み合わせて宇宙を題材にしたイメージをつくり、この世界に対する新たな視点を定義する。彼女の作品は、いまだ謎に包まれている深淵かつ広大な宇宙に対し、実存主義的な観点から一石を投じているのだ。一過性であいまいな思想や哲学を考察するうち、ルイーズは「変化は永遠である」という確信に焦点を当てようと思い至る。

インスタレーションや立体物、そして写真を使って、宇宙に関する知識にアプローチしていますね。どのような手法を用いているのですか?

全知の光のインスタレーションでは、天体模型を隠れた小さな場所に置いたの。実際に存在する物体に近いイメージをつくり出すことで、私たちの理解を超えた世界にある、もしくは宇宙の外にある知覚的な物性のように感じさせるというわけ。私のオブジェは、この世のほぼすべてのものが実在の本質についての説明となり得ることを、見る人に気づかせるためにつくられているの。それから、宇宙について考えてもらうためにね。宇宙の他者性や、人生というものに対する変動的な哲学や意義、そして個人個人への影響を探求するという行為もまた、重要なことだもの。

宇宙の他者性についてまったく考えたことのない人にそれを説明するとしたら、どういうものだと言いますか?

説明不可能な宇宙の意思、すべてを見通す目、私たちが解明したり見たりすることができない全知の存在と言うかしら。

自分がアートや科学に対して今のようにアプローチしていくと以前から考えていましたか?

ニュージーランドでの子ども時代に、父親の望遠鏡を見つけたことが始まりだったわ。あの国の夜空は最高に美しいの。望遠鏡をのぞくと、まるで別世界への窓を開けたみたいに感じたことを覚えてる。父が家に宇宙や惑星の絵を飾っていたこともあって、ずっと天体のことを考える人生になったらいいなと思うようになったわ。でも、天体物理学とかそういう学問を学ぶというやり方ではなくてね。だってアーティストになるというのは、私にとってとても自然なことだったんだもの。

あなたの作品に最も強い影響を与えたものは?

いま取り組んでいるリサーチの一環で、メアリー・プロクターの本を読んでいるの。20世紀前半に科学を世に広めた人なんだけど、彼女が書く天文学は本当に美しいと思う。描写が畏敬の念と愛情に満ちあふれているんだもの。科学者、しかも女性の科学者がこれほど尊敬を集めていたというのは、当時としては珍しいはずよ。でも彼女は本当に有名な人だったの。男性と女性が同等であるという認識を得るまで、本当に長い時間がかかったわ。まだまだ道のりは長そう。科学に関わっているたくさんのすてきな女性に出会ってきたけど、アートや科学の分野で、彼女たちは大きな存在感を示しているのよ。

アーティスト共同体との交流もあるようですね。どういった活動をしているのですか?

他の人たちと共同で運営している団体にいくつか入っているわ。ひとつは〈Aether〉といって、もうひとつは〈Lumen〉というの。〈Aether〉の主な活動は、アーティストたちがそれぞれに解釈した天文学を、コンテンポラリーな方法で表現するための展覧会をキュレーションすることね。地球の脆弱性や宇宙という切り口に重きを置いているから、地球の本質というより、宇宙から見た地球と、そこへのアプローチという点が重要になってくるわ。〈Lumen〉は、ロンドンのセント・ジョン・オン・ベスナル・グリーン教会の地下室にギャラリーを持っていて、イギリスやヨーロッパの教会でも展覧会をしているの。メンバーはみんな無神論者なんだけど、自身の存在を理解するために宗教を用いる人たちと天文学を用いる人たちの間に、対話を生み出そうという試みなのよ。

その試みによってポジティブな対話は生まれたのですか?

もちろん。とても心惹かれるものだったわ。科学的、宗教的な考えを持つ人たちのどちらも、相手側を不快にさせるようなことはなかった。だから宗教的な人たちと話すときは、いつも好意的な感情しか抱かないわ。彼らの信心が揺るぎないものだからこそね。天文学から己の存在を理解しようとするアプローチは、彼らにとって攻撃的な考えではないの。どっちみち、こちらにもそんなつもりはないしね。教会の人たちは、そういうことを話すときもオープンだし、興味を持ってくれているわ。最初はそんな期待はしていなかったんだけど、素晴らしい経験になったし、お互いに学ぶことが多かったと思う。〈Lumen〉は毎年イタリアで研修をしているんだけど、期間中に観測所や教会を訪れて、教会の人たちとブラックホールなんかについて話をするのよ。会話のきっかけをつかむためのいたって平和的な試みで、相手を攻撃するようなことはまったくないわ。

あなたのインスタレーションは、まったく未知である宇宙の一部を再現しようとするものです。いったいなぜ、そんなことをするのでしょうか。

私が宇宙のどこかにあるという設定で暗黒空間のインスタレーションをつくるとしたら、見る人が本当にそういう場所にいるように感じさせたいから。嗅いだことのある匂いとか、自分や他の人の体を見ることができるとか、日常を想起させるようなものはすべて排除してね。だって、そういうものは、地球とはまったく別世界のものとしてつくられた環境が与える印象を弱めてしまうから。暗黒空間のインスタレーションが寒かったり、暖かさが欠如したりしているのは、作品に感覚的な効果を加えるための仕掛けよ。これはとても大切なことなの。掃除機の中では息もできないし聴覚も働かないから、匂いも感じなくなる。だから、私のインスタレーションでは、音響効果はあまり必要ないの。酸素をなくすのは無理だけど、最近NASAが訓練中の宇宙飛行士のために、香水会社に月の匂いを再現させようとしているらしいわ。

本当に? NASAは月の匂いをどうやって知ることができたのでしょうか。

月に行った宇宙飛行士の宇宙服には、よくその一部が付着していることがあるみたい。その人たちが言うには、月って金属的で焦げたみたいな匂いがするらしいの。NASAがどうして匂いが訓練に役立つと考えたのかはよく知らないけど、地球の唯一の衛星である月をもっとよく知ることはとても大事なんじゃないかしら。

すごい。最後に、あなたの作品を見た人たちにどういう反応をしてほしいか教えてください。

私が手がけたプロジェクトすべてに言えることだけど、命の大切さと、生きているということの不可思議さについて考えるきっかけを与えたいの。現代社会では思想がめまぐるしく変わる上に、いま定説になっていることはすべて正しいと考えてしまいがち。でも過去を振り返ってみると、その定説がとんでもなく異端だったことがわかる。つまり、私たちが生きているのは、すべてが間違っているかもしれなくて、すべてが可能な世界だということ。

www.louisebeer.com

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