ダーシー・ハーレーの夢物語へ

ダーシー・ハーレーの写真は、豊富なテクスチャーと色彩に溢れている。まるで、映画と絵画の中間にあるような作風だ。コリーヌ・デイと同じように、ギャスパー・ノエにも影響を受けたというこの写真家は、色鮮やかに揺らめく炎のように、人々や物語、そして若さの真実の瞬間を捉える。

空想と日常のあいだに生じる世界へレンズを向ける、22歳の写真家ダーシー・ハーレー(Darcy Haylor)。ロンドンに生まれた彼女は、子供の頃に家族と共にニューヨークへ渡った。現在は、そのシュールレアルな環境によって彼女の創造力を刺激し続けるロサンゼルスで、芸術学校CalArtsに通っている。

自身の生活をヴィジュアル日記として記録していこうとする彼女の探求は、小さい頃に父親から古いカメラをもらったのをきっかけに始まった。ダーシーが被写体に選んだのは家族、友人、そして彼女と信頼関係を築いている人々だった。彼らと強い特別な絆で結ばれているからこそ、ダーシーは儚くも永遠であるような瞬間を捉えることができるのだ。彼女にとって写真は「映画制作と絵を描くことの中間にいるように感じる」表現メディアだという。「だけど、光で絵を描いているような感覚もあります。写真は、コントロールや調整が自由自在にできて、ヴィジョンを思い描いたまま表現できるプロセスなんです」

ダーシーは映画にも情熱を注いでおり、ギャスパー・ノエの大胆不敵で悪ぶれない作風は、チェコの映画監督ヴェラ・ヒティロヴァやタルコフスキーらと共に、彼女の重要なインスピレーション源になっているという。また、写真家ではコリーヌ・デイやパオロ・ロベルシ、ナン・ゴールディン、ポラロイド写真家であるサラ・ムーンを敬愛しているそうだ。彼らの作品は、まさにダーシー自身の撮る写真がそうであるように「完璧なコンポジションを成していて、テーマと物語性があります。そして、変化が目まぐるしい時代にあっても常にエネルギーに溢れています。“美”は平凡な生活のなかにもあるし、作り込まれた作品のなかにも存在します。どちらも主観的ですが、私はそのいずれも素晴らしいと思います」

ナラティブ(物語的)な写真と映画から受けたインスピレーションを掛け合わせることで、ダーシーの作品は、人々やドラマそして、永遠に揺らめく炎のような若さそのものを写した瞬間を捉えることに成功している。彼女が扱うテーマのひとつでもある“若さ”は、「華やかさ」「大胆さ」「ぼやけた色調」によって表現され、ダーシー特有の美学を作り出している。若者であることの最大の利点は、自由さであり「決まり切った型を持たずに、限界を突破していくその発想です」と彼女はいう。「“若さ”が否定されたり、軽視されるのは不名誉なことだと思うんです。若い精神は特別なものですから。人は“若さ”によって、反抗的になれたり、世界を違う角度から見ることができるんです」


最近になって、ダーシーは自分には共感覚があることに気がついた。そして、そのことが彼女の作品に、新たな感覚的側面を付与することになった。ドラムの音はマゼンタを、あるバンドの音楽は赤やオレンジ、青といった色のイメージを呼び起こすのだという。「友達がやっているバンドのアルバムジャケットをデザインすることがあって。その音はピンクに聴こえたんです。だから、ジャケットもピンクに決めました」。ダーシーの写真には、お気に入りの色である紫、緑、青の繊細なスペクトルが印象的な要素として使われている。彼女はゲーテの『色彩心理学』を読んで、紫が「想像性」や「無用さ」を象徴していることを知ったという。「青は力強くて、柔らかく、そしてメランコリックな色。私は映画監督のグレッグ・アラキの大ファンなんですが、“悲しげな美”に溢れた彼の作品にも蛍光ブルーがよく使われています。緑はパワーとエネルギーを象徴していて、最も強く残像を残す特別な色です

今後は、視覚的なものに加え、音や匂いの要素を盛り込んだ作品をつくるつもりだと彼女は話す。「実は、香水が大好きなんですよ。香りがしてくるような音を作るときも、その逆にしてもそうなのですが、それらすべてを結びつけるようなヴィジュアルを作るようにしています。気分や周りへも影響するものなので、香りには敏感ですね。香りには、情熱、欲望、愛、ノスタルジアといったものを喚起する力があります。例えば、かつて訪れたことがある場所を思うと、私はその場所の香りを思い出します。ロウアー・マンハッタンのトライベッカはペッパーが香り、ニューヨークはスミレや麝香の匂い。そして、イギリスにある私の家は、松の木の香りによって思い出されるのです」

www.darcyraehaylor.com


This Week

和洋新旧の混交から生まれる、妖艶さを纏った津野青嵐のヘッドピース

アーティスト・津野青嵐のヘッドピースは、彼女が影響を受けてきた様々な要素が絡み合う、ひと言では言い表せないカオティックな複雑さを孕んでいる。何をどう解釈し作品に落とし込むのか。謎に包まれた彼女の魅力を紐解く。

Read More

ヴォーカリストPhewによる、声・電子・未来

1979年のデビュー以降、ポスト・パンクの“クイーン”として国内外のアンダーグランドな音楽界に多大な影響を与えてきたPhewのキャリアや進化し続ける音表現について迫った。

Read More

小説家を構成する感覚の記憶と言葉。村田沙耶香の小説作法

2003年のデビュー作「授乳」から、2016年の芥川賞受賞作『コンビニ人間』にいたるまで、視覚、触覚、聴覚など人間の五感を丹念に書き続けている村田沙耶香。その創作の源にある「記憶」と、作品世界を生み出す「言葉」について、小説家が語る。

Read More

川内倫子が写す神秘に満ち溢れた日常

写真家・川内倫子の進化は止まらない。最新写真集「Halo」が発売開始されたばかりだが、すでに「新しい方向が見えてきた」と話す。そんな彼女の写真のルーツとその新境地を紐解く。

Read More

動画『Making Movement』の舞台裏にあるもの

バレリーナの飯島望未をはじめ、コレオグラファーのホリー・ブレイキー、アヤ・サトウ、プロジェクト・オーらダンス界の実力者たちがその才能を結集してつくり上げた『Five Paradoxes』。その舞台裏をとらえたのが、映画監督アゴスティーナ・ガルヴェスの『Making Movement』だ。

Read More

アーティスト・できやよい、極彩色の世界を構成する5つの要素

指先につけた絵の具で彩色するフィンガープリントという独特の手法を用いて、極彩色の感覚世界を超細密タッチで創り出すアーティスト・できやよい。彼女の作品のカラフルで狂気的な世界観を構成する5つの要素から、クリエーション誕生の起源を知る。

Read More

『Making Codes』が描くクリエイティヴな舞台裏

ライザ・マンデラップの映像作品『Making Codes』は、デジタルアーティストでありクリエイティヴ・ディレクターでもあるルーシー・ハードキャッスルの作品『Intangible Matter』の舞台裏をひも解いたものだ。その作品には、プロデューサーとしてファティマ・アル・カディリが参加しているほか、アーティストのクリス・リーなど多くの有名デジタルアーティストが関わっている。

Read More

ハーレー・ウェアーの旅の舞台裏

写真家ハーレー・ウィアー(Harley Weir)が世界5カ国に生きる5人の女性を捉えた旅の裏側、そして、ドキュメンタリー映像作家チェルシー・マクマレン(Chelsea McMullen)が現代を象徴するクリエイターたちを捉えた『Making Images』制作の裏側を見てみよう。

Read More

ローラ・マーリンが表現する、今“見る”べき音楽

イギリス人のミュージシャン、ローラ・マーリンのニューアルバムに満ちている“ロマンス”。男っぽさがほとんど感じられないその作品は、女性として現代を生きることへの喜びを表現している。

Read More
loading...