独自の視点や実体験で描く松井えり菜のパラレルワールド

前代未聞のアーティスト道を疾走する画家、松井えり菜。早くから才能を開花させ、世界を舞台に活躍している勢いは止まらない。そんな彼女の脳内ワールドへと繋がっているであろうアトリエにて話を訊いた。

松井えり菜の描く絵には生々しいリアリティーとキラキラ輝くファンタジーが共存している。可愛さもあり、どこか不気味さも交えている。甘さにスパイスを加えたパンチのある絵。そして何より、その迫力に圧倒される。

「地元岡山県で画塾に通っていた松井は、高校を卒業して東京に上京。2年の浪人期間を経て多摩美術大学に入学した。「2浪もしてしまったので背水の陣の思いでした。1年生のうちからどんどん絵を描いて、様々な展覧会に出展し、何も起こらなければ美術の先生になりたいなぁと考えていました。教えることも好きなので、興味もありました。」と意外にも現実的な考えの持ち主。」

しかし入学して間もなく、彼女は突然世界から注目を浴びることとなる。村上隆が主催する現代美術の祭典「GEISAI」に「えびちり大好き」を出展し、見事金賞を受賞してみせた。そして翌年、ある大手財団が彼女の才能に目をつけ「エビチリ大好き」と「宇宙☆ユニヴァース」を購入。それらの絵はパリで行われた大手財団主催のグループ展「J’en rêve」に展示された。それは彼女が大学2年生の時の話だ。

えびちり大好き

2003

©Erina MATSUI ©LEDRAPLASTIC JAMMY

提供:山本現代

宇宙☆ユニヴァース

2004

©Erina MATSUI ©LEDRAPLASTIC JAMMY

提供:山本現代

当時、その突然の出来事にすべてが手探り状態。語学力が乏しかった彼女は、電子辞書片手にフランス人の財団ディレクターとコミュニケーションを深めた。「言葉が理解できず、わかったのは“おめでとう”という一言だけでした。話が進むにつれ不安も膨らみ、誰を信用していいのかもわかりませんでした。パリに向かう飛行機に乗るまでは、本当じゃないんじゃないかって」。右も左も分からない状況でやってのけるその行動力に唖然とした。「多くの人の支えがあり、応援してくれる人がいたからこそ、今の自分がいる。あの頃を思い返すとすごいスピード感で、がむしゃらでしたね。若かったからこそ走り抜けることができたんだと思います。正直、言葉がわからなかったのも良かった。わからなかったからこそできたこともたくさんありました」。まるで夢物語のような話だ。

絵にも魅了されるが、彼女の屈託のないオープンな性格もとても魅力的だ。そしてその魅力は彼女が描く自画像にも表れている。主に彼女が描く自画像は変顔をしている。なぜ変顔なのか。「絵を見てくれた人に笑ってほしい。ずっと見る人に何らかの感情を与えたいと思い絵を描いてきました。そこである日思いついたのが変顔でした」。そして何より絵を描くことが好きな彼女は、「誰かを描くとなるとモデルとして呼ばなければならないけれど、自分の顔なら極限まで突き詰めて書くこともできるし、いつでも描くことができる」と説明してくれた。彼女の絵はまるで生きているかのよう。質感のあるタッチもそうだが、不思議な表現力がある。「顔は共通言語だと思っています。私の絵を見て笑ってくれていたり、絵と同じ顔をしていたり。そんな光景見ていてとても面白いと思いました」。

スタジオは彼女の作ったウーパールーパーグッズをはじめ、アンティークのぬいぐるみや思い入れのあるおもちゃに囲まれている。絵に登場するユニークな被写体たち。それは彼女にとって大事な存在なのだ。中でもアイコニックなウーパールーパーは分身のようなもの。「ウーパールーパーに似ているとよく言われます。特に動きが。実際に家でも飼っています」。スタジオに置いてある作品「顔の惑星〜リンカネーション」は、宇宙に浮かぶまるで惑星のような彼女の顔の回りに様々な生き物や野菜、キャラクターが描かれている。「私の顔の周りに描かれている生き物たちは、今まで私が似ていると言われたことがあるもの。この絵のベースには輪廻転生(リンネテンショウ)があります。死んでも魂はリサイクルされるという考え方です。どんどん動物が絶滅してしまっているこの環境下で、魂が溢れてしまったら、その溢れた魂はどこに行くんだろう?と考えている私の顔を描きました。私の前世や来世は彼らだったのかもと思って描きました」。コンセプチュアルだがユーモアにも溢れている。深く考えさせられるテーマと相反し、その生き物のラインナップを眺めていると自然と笑みが生まれる。これこそ彼女のカリスマ性なのだ。

一貫して変顔の自画像を描き続けてきたが、最近では新たな切り口を模索している。デビューして13年。その間にいろいろな環境の変化があったという。「恩師が亡くなったり大震災があったり。ある時、なぜ自画像を描くのかと素朴な疑問が生まれました。一度立ち止まって考えてみることが必要だった。なのでまずは自分のルーツを辿ってみようと思いました。子供の頃から地元にある大川美術館によく足を運んでいました。中でも西洋の絵画に憧れがあり、特にエルグレコが好きでした。古典絵画は1枚の絵の中に色々な出来事が起こっていて興味深い。そして私は少女漫画も大好きで、『キャンディキャンディ』や『ベルサイユのバラ』といった昭和の少女漫画に影響されてきました。少女漫画の多くも1枚の絵の中で色々な出来事が起こっています。これらの漫画も古典絵画から影響を受けているのでは?と考え、古典絵画と漫画、そして私が1本線で結ばれました。私は漫画脳を持っている。そんな私が見た世界を描くことに決めました」

古典絵画をもとに“漫画脳”を持つ彼女。独自の視点や解釈から誕生するユニークな絵はいつ見ても新鮮。「『なりきりヴィーナス〜センターはいつだってプレッシャー〜』は、古典絵画『ヴィーナスの誕生』をもとに描いていて、私はヴィーナスになりきっています。描かれている天使たちのヴィーナスへの強い視線を見て、“私だったら耐えられない。きっと白目向いちゃう!”と思いこのような顔を描きました。多くの古典絵画が中心人物に強い視線が向けられていますよね。」そして、「エルグレコの絵の一部をするめにした『なりきりエル・グレコ/なりきりマハ』やマルガリータの顔をピザのマルガリータにした『まるごとマルガリータ』など、自画像や変顔から解放された彼女の新たなアプローチも見ることができる。古典絵画は彼女の目にどう映り、彼女は何を感じ取るのか。そして絵をどういった順序で眺め、どう解釈しているのか。独特な彼女の視点や着眼点が垣間見える作品たちだ。「私が抱いた疑問や実体験をベースにしたほうが、見る人も共感でき、密度の濃い絵がかけるような気がします」。多くの人は“マルガリータ”と聞いたらまずピザを想像するだろう。確かに納得できる。絵を通じて様々な体験を重ね、様々な発見を続ける松井。「私にとって絵はドアのようです。壁に向かって絵を書いていたらそれがドアになり、私を外へ連れて行ってくれた。最初に絵がきっかけをくれなかったら私は飛び出せなかったと思います」

顔の惑星〜リンカネーション!!!〜

2016

©Erina MATSUI ©2014-2017 COLOPL, Inc. ©LEDRAPLASTIC JAMMY

提供:山本現代

その好奇心旺盛な性格や行動力が新たなアイデアの源となり、絵に変身する。最近では外来種や環境問題、絶滅危惧種にも興味を抱いているというが、それも実体験に基づいている。「今まで命をもらって絵を描いている感覚はなかった。けれどよく考えたら筆だって動物の毛です。私はマングースの毛の筆を使っているのですが、ワシントン条約に指定されてしまったので、廃盤になってしましました。絵を描くという行為も命の循環の一つであり、ある意味食物連鎖なのだと思いました」。

今年は制作に力を入れたいという。「自画像もまだまだ書きたい。ラッコやオウムガイなど、水族館から消えるかもしれない生物にも興味を持っています。外来種に関してや鴨川のオオサンショウウオをテーマにした作品も考えています。鴨川のオオサンショウウオに関して言えば、数が年々減っている種なので保護されていたのですが、実は最近そのオオサンショウオが中国産と日本産のハーフだと判明したんです。いろいろな人の話を聞いて、見ることができなくなる動物はこれから増えて行く気がします。なにかそういった生き物にちなんだ作品を描きたいと思っています」彼女のアイデアは無限大だ。どんな作品を生み出しても、衝撃を与えられることは間違いない。

松井えり菜

http://www.erinamatsui.com

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