試合を変えた、知られざるスポーツ界のヒロインたち

1980年代当時、ヒーローになれるのはほとんど男性だったが、大人になったモリーが若き彼女に知ってもらいたかった、ヒーローと称されるにふさわしい女性はたくさん存在していたのである。

ニューハンプシャー州のライにある、小さな海辺の町で育ったモリー・ショット(Molly Schiot)は、スポーツが大好きな子供だった。現在はLAでCMや動画、TV番組の監督として活躍しているが、当時は愛するボストン・ブルーインズ(Boston Bruin)やセルティックス(Celtic)の一員になりたいと願うおてんば娘だったという。それは夢にすぎないと気づいてから、彼女は女版ロッキーや女版カラテキッドになることを目標とした。

そこでモリーは、その女性たちのことを知ってもらうべく、新しい著作『Game Changers: The Unsung Heroines Of Sports History(試合を変えた、知られざるスポーツ界のヒロインたち)』(サイモン&シュスター)を出版した。この本の中で豊富な写真資料とともに紹介される130人の女性たちは、インターネットが登場するずっと以前に偉業を成し遂げた者たちだ。レーサーからクライマー、陸上選手まで、幅広い分野で活躍したスポーツウーマンたちが、カラーと白黒の素晴らしい写真、そして鮮やかなプロフィールで現代に蘇った。

だが、こうした女性アスリートたちの多くは、同競技の男性プレーヤーと比べられ、ほぼ無名のまま表舞台から姿を消している。中には、男性アスリートに群がるような熱狂的ファンが怒れる運動家と化し、女性はあえてこの世界では身を引いてきたのだと激怒するということを経験する者もいた。歴史は残酷なもので、過酷な試合を勝ち抜き、広くその名を知らしめたとしても、その業績が永遠に人々の記憶に残り続けるわけではない。もしスポーツの世界がもっと平等であったなら、若きモリーはシャドーボクシングに精を出して、マーガレット・マクレガー(Margaret McGregor)やクリスティ・マーチン(Christy Martin)のようなパンチを繰り出したいと思ったかもしれない。あるいは、ラルフ・マッチオ(Ralph Macchio)のような格闘技のチャンピオンになりたいと願うのではなく、第2の福田敬子やラスティ・カノコギ(Rusty Kanogoi)のような柔道家になりたいと考えたかもしれないのだ。しかしスポーツ界は平等ではなく、そうした女性たちの活躍も知られることはなかった。

この本の出発点は、広く人気を博しているモリーのInstagramだった。そのアイデアソースは、これまで記されることがなかった女性アスリートたちの物語をベースにしたドキュメンタリー。それまで監督としての才能を高く評価されてきた(ESPNで放送された著名な『30 for 30』シリーズの監督を務めた)彼女だったが、こうしたドキュメンタリーのアイデアを出しても、「おもしろ味に欠ける」とボツにされ続けてきたのだ。性差別が根底に見え隠れするこうした評価に業を煮やしたモリーは、インスタアカウントをつくり、写真つきの物語を毎日投稿するようになった。2年間で750件を超える投稿を世に送り出したのち、ハードカバーの出版が決まったのである。

彼女たちはごく普通の人間だったが、苦難を前にして、迷わずそれを克服することを選んだ。モリー・ショットは、その女性たちのことを知ってもらうべく、『Game Changers: The Unsung Heroines Of Sports History』を出版した。

この本にコンパイルされているのは、後続に道を拓いた女性アスリート130人。その写真の多くは、本人やその遺族から借り受けたものだ。

身体的な苦境を乗り越えた逸話も多く掲載されている。例えば、陸上競技界のスター、ウィルマ・ルドルフ(Wilma Rudolph)。人種隔離政策が取られていたアメリカ南部で小児まひを克服し、世界記録を塗り替えてオリンピック金メダルを手にした選手だ。その後、当時のテネシー州知事バフォード・エリントン(Buford Ellington)が、凱旋パレードを人種別に分けようと画策したことに彼女が異を唱えると、その存在はたちまち社会政治的リーダーのごとくとらえられるようになった。その凱旋パレードと晩餐会は、完全に融和的なものにならないのであれば参加しないとルドルフが言ったことで、クラークスヴィルで初めての人種的にインクルーシヴなイベントとして催されたのである。

読み手を励ましてくれるような、ごく普通の女性たちの話もある。シルヴィア・グリーン(Sylvia Green)は、自身の9歳の娘キムがリトルリーグで「小さな女の子は野球などできない」と言われたことに対して裁判を起こし、見事ジェンダーの壁を取り払うことに成功した。その後、彼女は女の子だけのチームを組織し(そのトライアウトには100人を超える女の子が参加)、男の子だけのチームを相手に、リーグ2位という成績を収めたのだ。

スポーツにおける女性たちの活躍がひどく過小評価されている昨今、この本は絶妙なタイミングで出版された。南カリフォルニア大学でジェンダーと社会学の教鞭をとるマイケル・メスナーは、〈DUDE TIME(男たちの時間)〉という研究の中で、こう結論づけている。「男性のスポーツが放送される時間は全体の92%。女性のスポーツは5%。ジェンダー的にニュートラルなものは3%。テレビのスポーツニュース番組は定期的に女性について取り上げるが、女性アスリートについてのトピックはほとんど見られない。多いのは、ニュースキャスターのジョークのネタや性的な対象物としての女性の描写である(例えば、ビキニを着て試合を観戦している女性)」。

モリーは言う。「この本で取り上げている女性は、第一人者になる気概を持ち合わせていたの。当時は不可侵に思えた人種的、政治的、そして文化的な概念に果敢に立ち向かったのよ。若い女の子たちが女性たちの活躍を目の当たりにすれば、何事も達成可能なものになるし、見方を変えるきっかけにもなる。『女の人が大統領に立候補してたわ。じゃあ私も大統領になれるんじゃない?』ってね」。

自身がアスリートではない読者のために触れておくが、この本がスポーツだけを主題にしているのではないということは、各選手のプロフィールを読めば明白だ。ページをめくると、弱者たちのスナップが掲載されている。勝算がない中で、自らを鼓舞する内なる希望の声にしか耳を貸さなかった彼女たち。今まで見たことも聞いたこともなかった存在に、あえてなろうとしたパイオニア。彼女たちはごく普通の人間だったが、苦難を前にして、迷わずそれを克服することを選んだのだ。

ショットの著作の冒頭部分に添えられた献辞は、こう綴られている。「この本を、永遠に『ノー』と言わなかった女性たちに捧げます」。この本は確かに『ノー』と言わなかった女性たちにふさわしいものだが、私たちすべてに関係する何かを秘めた作品でもあるのだ。

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