ロンドンのカルチャーシーンを変えたクラブ〈Work It〉

ロンドン有数の開放的なクラブイベント〈Work It〉。2008年に始まって以来、この街にポジティヴな空気を拡散し続けてきた。

キレイとは言えないがクリエイティヴな空気に満ちた、ロンドンのキングスランド・ロード。その地下で10年近くにわたって開催され続けてきた、セクシーな音楽満載の月イチパーティーがある。ほかのクラブが干上がり、家賃も高騰する中で、そのイベントだけはかつての活気を失うことがなかった。楽しいことを求める者たちの最後の砦として存在し続けたこのパーティーは、今やイーストロンドンきっての大人気イベントとなっている。ここに集まる幅広い層の客とDJの誰もが、夜が明けるまでをただハッピーに過ごしたいと思っているのだ。

ロンドンが誇るこのセクシーなダンスイベントが10年近く続いたことを祝して、私たちは共同創業者のローレン・プラット(Loren Platt)とプログラマーのリヴァー・フェセハ(Rivah Feseha)、そしてレギュラーDJであるジェームス・マシア(James Massiah)にインタビューを敢行。そこでは、〈Work It〉に携わってきた人々、長年続いたパーティー、ノスタルジア、成功の秘密、そして、ノトーリアス・B.I.G.の「ジューシー」をかけようとするDJを全員クビにしたいというローレンの野望が語られたのだった。

〈Work It〉の誕生について教えてください。

ローレン:18歳のときに、ロンドン芸術大学で共同経営者のサラ・エル・ダビ(Sara El Dabi)に出会ったの。2人ともグラフィックデザインを専攻していて、ウェストエンドでレイブ三昧だった。あれこそ人生よ。ほかの学生はみんなアート系で、バンドのライブに出かけるのが常だったわ。それももちろん悪くないけど、私はどっちかっていうと、ドレスアップして出かけるのが好きなR&Bガールだった。そして2人で、当時まだワンフロアしかなかったクラブ〈Visions〉を見つけたの。フライヤーをつくって、自分たちのイベントを宣伝したわ。風船を飾ったりもして、お客さんが来るように祈ったの。結果、来てくれたわ。そういうことをするのが、すっごくおもしろいって思った。ずっとやっていかなくちゃって。

フライヤーやそのほかのアートワークは〈Work It〉を語るうえで外せない要素。

ローレン:そうね、当時は、雑誌やレコードジャケットから切り抜いた写真を貼り合わせてコピーしていたの。スペルミスだらけだったわ。当時始めた頃は、イーストロンドンにはクラブカルチャーなんて全然なかった。初期のフライヤーには、バスの路線図も描いてあったのよ。そうすれば、みんなダルストンまでどう行けばいいかわかるでしょ。Facebookなんてなかったから。

ビジネスとして始めたのですか?

いいえ、最初のうちは違ったわ。でも金欠でお金はほしかったから、本能が働いたんじゃないかしら。私の家族はビジネス関係者が多いの。海辺のサウスポートという町の出身なのよ。父はずっと自分のために仕事する人だったんだけど、私も知らないうちにそれを受け継いじゃったみたい。お金が最優先だったことは一度もないけど、生き残っていくことはとっても大事なことだった。普通の勤めを辞めちゃったとき、自分で自分を養うこともできるんだって気づいたの。すごく力を感じたわ。

クラブイベントを始めようと思ったのはなぜですか?

ローレン:友だちと踊れて、音楽を楽しめる場所をつくるためよ。気持ちよくなれて、自分自身に戻れる場所がほしかったから。いつだって音楽が大切だったの。スタッフ全員が、お互いにファイルを送りあって音楽をシェアしてるわ。何かに行き詰まったときは、ローリン・ヒルの『ミスエデュケーション』を聴くの。私にとって最高のセラピーよ。

音楽の影響はご家族からですか?

ローレン:友だちや学校からの影響よ。なりたい自分から遠く隔たっていたり、自分らしくいられないときは、音楽が感情のはけ口になるの。

ジェームス、あなたが〈Work It〉に入ったきっかけを教えてください。

ジェームス:スキニー(・マッチョ)に連れられて、初期のパーティーのいくつかに行ったのが最初だよ。ブルームズベリー・ボウリング・レインの〈Livin' Proof〉っていう場所でやってたんだけど、スタッフや音楽、雰囲気にすぐ夢中になった。それからTシャツもよかった。特に「Homie, Lover, Friend(親友、恋人、友だち)」って書いてあるやつ。Urban Outfittersとコラボしてたことにも感激した。当時の僕は仲間がほしかったんだけど、そんなイベントをローレンがオーガナイズしてたんだ。まるでいっぱしの家族経営みたいだったよ。僕がちゃんと〈Work It〉に入ったのは2010年のことだけど、そのときも〈Concrete〉でしっかり活動してた。

ローレン:モノづくりが大好きなの。家にとっておけるような、ちゃんとした制作物ね。Tシャツの写真のいくつかは、ラリー・Bがエールズベリー団地のペッカム[訳注:ロンドンの貧困地区と言われる場所のひとつ]で撮ったものよ。あのポジティヴな写真がネットで拡散されたの。みんな何のクラブイベントのためにつくられたものなのかも知らずに、Tシャツを買ってくれたわ。

一番思い出に残っているパーティーはありますか?

リヴァー:〈Visions〉で18歳の誕生日を祝うために初めてイベントを開いたとき、グロッシーなミニスカートと、自分で染めたクロップトップを着て行ったわ

ローレン:そうそう、リヴァーは最初からいたわよね。ヴァレンタイデーのパーティーは、毎回特別な意味合いを持っているんじゃないかしら。ダンスフロアもセクシーな空気でいっぱいで。みんな話したりダンスするために〈Work It〉にやって来るの。たくさんのカップルが生まれるのよ。〈Work It〉がきっかけで結婚した人も何組かいるんだから!

リヴァー:私が一番好きな〈Work It〉は、去年の大晦日パーティー。全員が90年代の格好をしてきたの。

「これはクラブイベント以上のものになる」と思うようになったのは、どのタイミングでしたか?

リヴァー:私たちの周りには、たくさんの愛や協力、心からの幸せがあふれているわ。それが絆を強くするの。

ローレン:そう。これまで生み出されてきたクリエイティヴな関係が、ここをクラブイベント以上のものにしてくれたのね。私の新しい家族よ。全員集合したときが最高なの。

ジェームス、最初にかけたレコードが何か覚えていますか?

ジェームス:ああ。ファンクばかりかけ過ぎだって、〈Visions〉でサラに怒られたんだ。でもそれからずいぶん上手くなったよ。選曲もDJテクも、見違えるくらいにね。

ローレン:「ファンキー過ぎ!」って。私はテクニック重視じゃないの。これからもそうだし、上手くなりたいとも思わないわ。DJのやり方は独学よ。

ジェームス:音楽に関する知識が、セットリストから感じられるよ。

ローレン:私は心で感じて、それをプレイするの。センスもいいと思っているし、自分が踊りたくなる音楽をかけたいわ。ほかの人がどう感じるかなんて、知ったこっちゃない。

よくかける曲はありますか?

ローレン:私、たくさんの曲を禁止にしてきたのよ。イベントを始めてもう9年になるけど、それでも同じ曲は二度と聞きたくないの。みんなもっとよく探しなさい、〈ジューシー〉よりいい曲はいくらだってあるんだから。誰かがあの曲をかけようものなら、強制退去よ。この怠け者!って。

2008年から、クラブシーンはどのように変わりましたか?

今は場所がないの。80年代後半から90年代初期くらいにできた〈Visions〉は、ハックニー地区で唯一残ったクラブよ。自分の道を貫いているの。曲解しないでね、〈Visions〉が残っているのは、オーナーであるエディのおかげ。彼は、私の人生の、クラブの父よ。

〈Work It〉がこれだけ長く続いた理由は何だと思いますか?

ローレン:2008年の4月から、毎月パーティーを続けてきたわ。この継続が、すべてのカギよ。一番にならなくたっていい。続けてさえいれば、一定の位置にはたどり着けるんだから。ここは自分を成長させるところでもあるわ。自分自身をさらけ出し、成長させていく、大人のための場所。〈Work It〉には偏見は存在しない。誰もが自分自身でいられる場所なの。お客さんも、1つのタイプに偏ったりしないの。クリエイティヴでサポート精神に満ちた場なんだから。


youworkit.youworkit.co.uk

This Week

和洋新旧の混交から生まれる、妖艶さを纏った津野青嵐のヘッドピース

アーティスト・津野青嵐のヘッドピースは、彼女が影響を受けてきた様々な要素が絡み合う、ひと言では言い表せないカオティックな複雑さを孕んでいる。何をどう解釈し作品に落とし込むのか。謎に包まれた彼女の魅力を紐解く。

Read More

ヴォーカリストPhewによる、声・電子・未来

1979年のデビュー以降、ポスト・パンクの“クイーン”として国内外のアンダーグランドな音楽界に多大な影響を与えてきたPhewのキャリアや進化し続ける音表現について迫った。

Read More

小説家を構成する感覚の記憶と言葉。村田沙耶香の小説作法

2003年のデビュー作「授乳」から、2016年の芥川賞受賞作『コンビニ人間』にいたるまで、視覚、触覚、聴覚など人間の五感を丹念に書き続けている村田沙耶香。その創作の源にある「記憶」と、作品世界を生み出す「言葉」について、小説家が語る。

Read More

川内倫子が写す神秘に満ち溢れた日常

写真家・川内倫子の進化は止まらない。最新写真集「Halo」が発売開始されたばかりだが、すでに「新しい方向が見えてきた」と話す。そんな彼女の写真のルーツとその新境地を紐解く。

Read More

動画『Making Movement』の舞台裏にあるもの

バレリーナの飯島望未をはじめ、コレオグラファーのホリー・ブレイキー、アヤ・サトウ、プロジェクト・オーらダンス界の実力者たちがその才能を結集してつくり上げた『Five Paradoxes』。その舞台裏をとらえたのが、映画監督アゴスティーナ・ガルヴェスの『Making Movement』だ。

Read More

アーティスト・できやよい、極彩色の世界を構成する5つの要素

指先につけた絵の具で彩色するフィンガープリントという独特の手法を用いて、極彩色の感覚世界を超細密タッチで創り出すアーティスト・できやよい。彼女の作品のカラフルで狂気的な世界観を構成する5つの要素から、クリエーション誕生の起源を知る。

Read More

『Making Codes』が描くクリエイティヴな舞台裏

ライザ・マンデラップの映像作品『Making Codes』は、デジタルアーティストでありクリエイティヴ・ディレクターでもあるルーシー・ハードキャッスルの作品『Intangible Matter』の舞台裏をひも解いたものだ。その作品には、プロデューサーとしてファティマ・アル・カディリが参加しているほか、アーティストのクリス・リーなど多くの有名デジタルアーティストが関わっている。

Read More

ハーレー・ウェアーの旅の舞台裏

写真家ハーレー・ウィアー(Harley Weir)が世界5カ国に生きる5人の女性を捉えた旅の裏側、そして、ドキュメンタリー映像作家チェルシー・マクマレン(Chelsea McMullen)が現代を象徴するクリエイターたちを捉えた『Making Images』制作の裏側を見てみよう。

Read More

ローラ・マーリンが表現する、今“見る”べき音楽

イギリス人のミュージシャン、ローラ・マーリンのニューアルバムに満ちている“ロマンス”。男っぽさがほとんど感じられないその作品は、女性として現代を生きることへの喜びを表現している。

Read More
loading...