サウンド・オブ・ミュージック

どうやって誰かのために曲を書く?長いあいだご無沙汰だったような感情のネタはどこから持ってくる?頭に浮かんだ言葉を書き留める場所は?女流作詞家たちが語る、感情と猫、創作のエトセトラ。

アラニス・モリセットや『ドーソンズ・クリーク』[訳注:1998年から2003年までアメリカで放送された青春ドラマ]、映画『私は「うつ依存症」の女』(2001年)が大好物の、うっとうしい90年代ティーンだった私は、似たような仲間と同じく、ゴミみたいな詩をよく書いていた。いやに説明くさい散文で味つけして、雑な眼のイラストなんかが添えてある、そんなやつ。そうすれば、周りの人が私の心の奥底をのぞくことができると思っていたのだ。自分自身の経験(あの人たちは私のことなんかわかってくれないじゃない?)を別の表現に置き換え、それを他者のための創作に利用するという考えは、当時の私にはなかった。というのも、作詞家になるというのは個人的な努力のたまもので、そこでの苦労が偽りのない気持ちとして紙の上に吐露されるものだと思っていたからである。もちろん、そんなものはまったく自分勝手なたわごとだった。天才的作詞家たちの手で紡ぎ出された輝かしいポップヒットの数々は、プライベートな感情をユニバーサルに表現することで生まれる魔法を、私たちに見せてくれているのだから。でも、それって簡単なことなのだろうか? 作詞家たちは、いったいどうやってプライベートな出来事を、他人のための素晴らしいポップソングに変身させるのだろう。自分のために書くことも多いであろう彼らが他人のために作詞するとき、本能やセンスにどのくらい頼るのだろうか。そして一番気になるのは、湯船で思い浮かんだクールなフレーズをどうやって記憶に留めておくのかということだ。

イギリスで最も成功した作詞家の一人であるハナ・ロビンソンは、カイリー・ミノーグやセイ・ル・ルの超有名ヒット曲の作詞を手掛ける一方、音楽業界屈指の名曲として知られるレイチェル・スティーヴンスの「Some Girls」を共作している。そんな彼女の記憶を呼び覚まし、創作へのひらめきに導くのは、五感、とりわけ嗅覚なのだという。「ノルウェー人ポップシンガーのアニーと、イギリス人作詞家・音楽プロデューサーのリチャードXと一緒に「Anthonio」という曲を書いたことがあるんだけど、セッションが始まったとたん、アニーが机の近くでアフターシェーブローションのボトルを見つけたの。ひどい匂いの代物だったけど、そのおかげで、こんな製品を実際に使ってるのはどんな男だって話に発展したわけ」(一応はっきりさせておくと、リチャードはこのローションが自分のものではないと言い張ったそうだ)。「そうやって休暇中の恋愛について自分たちの経験を話していくうちに生まれたのが、ホリデーラブを思い出させるこの曲なの」。アニーに提供したもうひとつの曲「Songs Remind Me Of You」は、歌を聞いて記憶によみがえる匂いや味や手ざわりなどから着想を得て書かれたそうだ。UKチャート1位を獲得したワン・ダイレクションの「Little Things」をエド・シーラントともに手掛けたフィオナ・ビーヴァンは、嗅覚が最も重要だと話す。「香りはとってもパワフル。通りを歩いているときに誰かの香水やコロンが香ってくるだけで、子ども時代や、ティーンのときに体験した出来事に引き戻されてしまうくらい。音楽もそうじゃない? オルガンの音を耳にすると、過去に聞いた何かの曲が思い浮かんでしまうとか。そういうことって瞬間に起こるのよね。理屈がどうこうっていう話じゃなくて、ほとんど反射的なもの」。

もちろん、自分自身に起こったこと以外の曲を書く素晴らしい作詞家も存在する。ティーンの頃の私みたいに、誰もが自分に酔っているわけではないのだ。だが、他人のために曲を書くというのは、たとえそれが自分の経験に基づいたものだったとしても、ほかの人の靴に足を突っ込むような行為ではないか。「私って、そのまんまゴシップ好きなのよ」。リトル・ミックスやネオン・ジャングルといったガールズグループへ詞を提供していた、アニータ・ブレイakaコックンブルキッドは言った。「いつも人間観察ばかりしていたの。たぶんそういう性格なんだと思うし、作詞にはすごく役に立ったわ。誰かと一緒に作詞したり、誰かのために作詞したりするとき、よくその人たちの経験をパクって使わせてもらうの。知らないうちにセラピストみたいになってね。セッションに参加するときはよく、プライベートのことも尋ねるの。だいたいみんなオープンだから。私の仕事は、そういう話を共感できる一曲に仕上げることなのよ」。オーストラリアの作詞家(レオナ・ルイスやリトル・ニッキーに曲を書いている)でアーティストでもあるエミは、人間観察を、さらなる高みを目指すための跳躍台のようなものだと言う。「自伝的な映画やドキュメンタリーが大好き。いつも、誰かさんと誰かさんのあいだで起きた出来事からプロットや感情やアイデアを拝借して、自分の頭の中で新しいフィクションにつくり変えているの」。

ときに作詞家は、感情表現が欠落している曲に核となる部分をつけ加えるという作業もする。「まだ失恋もしたことがないような若い子と、仕事をするような場面もあるかもしれない。そういうときは、自分自身の記憶を掘り下げることで、エモーショナルな曲に仕上げる手助けをしなきゃね」と、ハナは言う。「自分の体験だけじゃなくて、友だちとか、そのシンガーの経験も合わせて曲を書くこともあるわ。ちょっと大げさになっちゃうときもあると思う。でも、最後にはおもしろいストーリーに仕上げたいものね」。別のアーティストに曲を書く一方で、自らも音楽活動をしているフィオナも同様らしい。「温室育ちの人に曲を書くのは難しいのよ。だって、その人が慣れ親しんでいる世界を、みんながわかるようにつくり変えるのが私たちの仕事なんだもの。もし今まで誰ひとり愛したことがないような人と仕事をするとしたら、たぶん愛に対する憧れを書くことになるんだと思うわ」。

昨今の音楽業界は信ぴょう性を非常に重要視しているため、大手レーベルはよくシンガーたちを曲づくりのセッションに同席させる。たとえ、彼らがほとんど役に立たなかったとしてもだ(繰り返すが、私は別にこのことに異議があるわけではない。ポップミュージックの良さはこうした曲づくりがあってのことなのだから)。作詞家たちはどうやって、こんな打ち合わせから、超クールな失恋ソングみたいなものをひねり出すのだろうか。「もしシンガーとのあいだに溝を感じたら、すっごく馴れ馴れしく話してみるの。コーヒーでも飲みながら、30分くらい曲とは全然関係ない話を振ったりして」と、アニータは説明する。「だいたい、曲はそういうときにもうでき上がっちゃってるのよ。気づかないうちにね。セッションで出てくる歌詞は、自然な会話で無意識に使う言葉や感情であることがほとんど。それが実際に起こる瞬間って、ホントにすてきなのよ」。ハナにとっての特別な瞬間は、最初から正直な気持ちで接することから生まれるようだ。「もしそれまで会ったことがない人なら、まずは私が口火を切って、ありのままの自分をさらけ出すの。初日の半分がおしゃべりと体験談になっちゃうこともあるくらい。土台づくりみたいなものよね。まず意見を出し合うことから始めれば、曲は自ずと生まれる。音楽に合わせてピースをはめていけばいいだけだもの。自分の経験を話すのも好きだし。でも、相手が私の言うことに共感してくれないとダメね。だってそれが曲に組み込まれていくんだもの」。

超短期間だけ詩人だった私に、日記作家で多才なドーソン・リアリー[訳注:前述『ドーソンズ・クリーク』の主人公]は、こう教えてくれた。美しくて画期的な作品を生み出したいなら、それにふさわしい気分と気構えでいなければならない。今思うと、これは「見えない力を読む」アートである「他者への作詞」という仕事にも言えることなのではないだろうか。作詞家が最もやってはいけないのが、ラウドな曲を書くつもりで、バラードの気分でいるシンガーのもとに乗り込んでいくことだ。または、その人の猫がおかしな行動をしたときとか。「今では、事前に企画を立ててスタジオ入りすることはほとんどないの」とエミは話す。「誰かの猫がおかしなことをやって、みんな笑ったとするでしょ。で、誰か気の利いたことを言って、それを私が書き留める。そういうのが曲のタイトルになったりするの。よく起こることなのよ。もっと知的な作業になる場合もあるけどね」。「スタジオにいるとき、そういう見えない力ってすごく大事よね」と、スタジオ作業中はひときわ活気づくハナも同意した。「自分がそういう力を読むと、相手も読んだなって感じられるし、逆もしかり。そういうバイブが出続けるようにしておくのも、私の仕事の一部なの。昔は、こういうジャンルでこういうタイプの曲がいいなんてアイデアを準備しちゃってたけど、シンガーがまったく違うアイデアを携えて現場入りすることもよくあった。最近はだいたい真っさらな状態で行って、相手から情報を得るようにしてる」。

つまり、他者のために作詞するという作業には、複雑に絡みあったスキルが必要なのだ。しかも、嗅覚など五感からの刺激を含め、ありとあらゆる方向からのインスピレーションにオープンでなければいけない。自分の経験をセッションの場でぶちまけることも求められるが、シンガーの存在感を弱めすぎてもいけない。相手がまだ若造だった場合には、自分の体験がものを言うから、それに備えることも必要だ。そして一番大切なのは、この仕事はコラボレーションであると認識すること。若き日の私のように、自分に酔ってはならないのだ。ああ、それから、最も重要な作業は、買い物やトイレやドラマ鑑賞中に思いついたフレーズやアイデアを、残らず書き留めること。「フレーズやアイデア、それにコンセプトは随時書き留めてるわ」とフィオナは言う。「私の作詞方法は、けっこう視覚的なの。映画ならそのシーンがどういう感じか、頭の中に描いてみたりね。映画に刺激されることが多いのよ」。「私のケータイは適当に書き留めたフレーズやタイトルやコンセプトや、いろんな長さの詩でいっぱい。ほとんどまとまりがないんだけどね」と、アニータは笑う。「その中のコンセプトを1つ抜いて、1年前にメモった一節と、それに合う別のページの一節を組み合わせるの。きっかけの強い節が2つできればじゅうぶん。そこから全体を膨らませばいいだけだもの」。金魚並みの記憶力しかないと自負するエミは、ときどきタブレットやスマホに頼るのをやめるそうだ。「フレーズって、思いもかけないときに浮かんだりするでしょ。で、すぐに忘れちゃう。だからそのとき可能な手段を使って、できるだけ素早く記録しておくようにするの。お風呂に入ってるとき、曇った鏡に書いたこともあったわ」。

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