インタビューの前に、エンジェル・オルセン(Angel Olsen)についてわかっていることを少々伝えておこう。セント・ルイスで生まれ育ち、3歳の頃に養子に出された彼女は、20歳でシカゴに移住。ボニー・“プリンス”・ビリーと短期間一緒にプレイする。ジョニ・ミッチェルを一度も聴いたことがないという彼女の趣味は、ローラースケート、ソフトボール観戦、そして友人に手紙を書くこと。こんな情報があってもなお、オルセンの正体は謎に包まれている。怠惰なレーベルを物ともせず、手の届かないところで活動を続ける彼女は、まさに謎そのものなのだ。
サードアルバム『My Woman』が注目されたオルセンがつくり出すのは、創作や人間関係、そして愛について歌った、ほぼ完璧に近いカントリー・フォークソング。その曲はグランジや60年代ギターポップの空気感に満ちているが、シンセに初めて挑戦した「Intern」では現代ポップの輝きも放つようになった。このトラックでは、チャーリーXCXやスカイ・フェレイラ、ハイムを手がけた名プロデューサー、ジャスティン・レイセンの影響が垣間見える。
アルバムのタイトルのせいで、みんながあなたに自分の体験を投影していると感じますか?
あれはぜんぶ、私がそうとは知らずにつくったステートメントよ。タイトル1つでこんなことになるなんて、おもしろいわ。そして、人間が単純なことにも驚かされているわ。そういうのって、世界を相手に何かを発信したり計画したりするときに生まれるアートだけど、同時に犠牲でもあるわ。よく誤解されがちで、みんなその一面しか見ないで信じこんじゃうの。ヴィジュアルやステートメントにとらわれて、そればっかり。隠喩みたいなものよ。みんながみんな音楽オタクってわけじゃないし、人のイメージやステートメントって作られたものだと思うわ。
恋愛や人間関係について歌うことより、それがロマンティックであれプラトニックであれ、実際に愛したり恋したり友情を築いたりするほうが難しいでしょうか。
曲に書いてあることは誇張よ。実際に起こったことをベースにしてるとしても、本当のことだとはいえ、追体験ではないのだから、誇張の一種でしょ。追体験よりは、その経験を伝えたり、おもしろがったりするための誇張というほうが近いわ。わたしが書いた曲が人との絆を強めるとは思えない。私が誰かについての曲を書いて、それをその人に伝えたとして、たとえそれがクソみたいな曲だったとしても、私がおそらく無償でエネルギーをそこに注いだことは事実よ。
曲を書くというのは、あなたにとってカタルシス(浄化)なのでしょうか?
ソングライターが他のみんなから見てカタルシスに見えるようなものを書いているとしたら、それはその人にとってもカタルシスだと、みんな思っているみたいね。もしかしたら、最初に曲を書き始めるときは、ある意味カタルシスなのかもしれない。でも、ギグをするのはカタルシスだと思わないわ。
"存在しなければならないと、何とかしていい1日を送らなければならなくなるわ"
29歳となった今、どんな印象ですか?
何も変わったようには感じない。この前のアルバムのツアーをしているあいだにいろいろあったけど、今はとっても穏やかな気分。20代前半は、普通に生きて、家族を持って、家を買ってとか、そういう期待感がハンパじゃなかったけど。
何年も長いツアーをしていると、どんなことがあるのでしょうか。
7年も8年もツアーをしていると、そのうち気づき始めるの。私の人生は、みんなと同じようにはいかないかもしれないって。ちょっと違うけど、それもいいかも。そのうちツアーからも遠く隔たっているような気がしてくるの。四六時中同じメンバーと一緒にいたのに、ツアーが終わってしまえば、全然違う場所で、ごく普通の生活をしている人たちと一緒に過ごすことになる。それってとっても孤独よ。でもそれにどう対処すればいいかはだんだんわかってきたわ。家に帰って用事を済ませたら、完全にフリーな時間をとるの。ツアー中には自由時間も、1人でいる時間もないものね。私が家に戻ると、みんな「休暇をとるといい」って言うわ。私にとっての休暇は、どこかに行くことでも、誰かに会うことでも、空港に出かけることでも、保安検査場を抜けることでもない。7年暮らしたシカゴから小さな町へ越したんだけど、自分はそんなところに住むような人じゃないってずっと思っていたわ。でも、少なくとも今は、とってもその暮らしが気に入ってる。自分に対する目標や期待のレベルを下げたわけじゃないけど、20代前半の頃とは違う自分がいるような気がするの。永遠の子どもでいるのも、ツアーするのもかまわないわ。
ノースカロライナのアシュビルでは、どんな生活をしているのですか?
生活そのものがまったく違うの。スローね。なんかうまくいかない日にハイキングに出かけようと思ったら、できるし。そういう環境に身を置けるのって、とってもいいわよ。特に私は何か起こったらすぐ対処しちゃうから。ツアー中はそういうことができないでしょ。毎日そこに存在しなきゃいけない。今日インタビューを受けるために、今夜のライブのために、明日の朝目覚めるために、存在していなければならないの。毎日その繰り返しだもの。何か問題があっても悩む時間もなければ、片付けるヒマもない。家に帰ったらそれがまた戻ってきて、それまでに起こったことをじっくり考えることができるの。
常にそれほど「存在」していなければいけないことの良い点と悪い点を教えてください。
「存在」しなければならないと、何とかしていい1日を送らなければならなくなるわ。1日を乗り越えために、自分のすべてをひとまとめにして、目の前にあるものに価値を見出すの。悪い点は、家にいるときは自由に過ごしていて、友だちと遊び歩いているんだろうと思われること。実際は、それほど人と一緒に出かけるのは好きじゃないんだけどね(笑)。
2016年はどんなことを学びましたか?
物事に自分で対処するという態度を身につけたの。それって私にとっては斬新なことなのよ。もちろん影響はあるわ。自分がいつも正しいとは限らないし、うまくやれるとも限らない。新しいことにチャレンジしつつ、自分の手で、自分のために物事をこなすのよ。謙虚な気持ちになるというのかしら。
最近夢に見ていることは何ですか?
今はツアーバスの中でしょう。このバスが夢の中に出てくるの。昨日見た夢はね、バスが駐車しようとするんだけど、高速道路が川の上で真っ2つになっていて、運転手さんは向こう側に行くためにスピードを出さなきゃいけなくなるのよ。向こう側に行けるよう、私たちは全員バスにしがみついたわ。夢の中では、トレーラーの一部や楽器が川に落ちちゃったんだけど、なんとか大丈夫だった。拾い上げたから。それが私の夢よ。どれだけ長いことツアーにいたかわかるでしょう。空港の列に並んでいる夢も見たわ。すごく嫌な気分。脳お願い、他に夢見ることあるでしょ、リアルすぎるわ、って感じ!