日本を代表するアート集団Chim↑Pom。ダイナミックでキセントリックな彼らのアート表現は、挑発的かつユニーク。インパクトのある作品たちはどれも見る人たちの心に深く、そしていつまでも居座るような衝撃を残す。これまでも度々、渋谷や青山など東京の街を舞台にしてきた彼らだが、今回彼らが選んだ街は新宿の歌舞伎町だった。目まぐるしく変わり続ける東京に着目し、変化してゆく街並みや生活を映し出すのが今回の新作個展「また明日も観てくれるかな?~So see you again tomorrow, too?~」の醍醐味なのだ。ビルやマンションなど、東京には多くの建物がある。普段何気なく生活していると見落としがちだが、新しいビルから廃墟まで、本当に様々だ。この街はこれまでもScrap(崩壊)とBuild(建築)を繰り返してきたと彼らは語る。今回の個展で掲げるテーマも「Scrap and Build」。それは変わりゆく東京が持つひとつの顔だ。
今回会場となる歌舞伎町振興組合ビルを見つけたのはChim↑Pomメンバーのひとり、エリイだ。「歌舞伎町振興組合ビルの1階にTOCACOCANと呼ばれる24時間配信スタジオがあって、そこで全盲の友達と一緒に番組を放送していたのがこのビルとの出会い。このスタジオは斜め前に交番があるから、歌舞伎町という立地で放送することが可能だったの。通常、歌舞伎町の中でずっと撮影し続けることは難しいからね。その頃から、面白いビルだなって思ってて。2階に書いてある“ぼったくり防止条例”ってなんだろうとか。興味があってビル内を探検したりしてたし(笑)。だから、このビルが壊されるって話を聞いたときに展覧会をやりたいって思ったの」と、ビルとの出会いや興味を話してくれた。
エリイがこのビルと出会ったことから始まった今回のプロジェクトだが、そもそもこの歌舞伎町振興組合ビルは、前回の東京オリンピックが行われた1964年に建てられたもの。そのビルが2020年に開催される東京オリンピックを目前にしてまた建て替えられる。まさにこのビル自体が「Scrap and Build」されるのだ。歌舞伎町振興組合ビルが生まれ変わる前に、このビルのエンディングを飾るのがChim↑Pom。エリイは、「今回、この繁華街の中にある雑居ビルとがっつり対峙したことで多くの発見があった。深く関わってみて気付いたんだけど、こんなに古いボロボロのビルでも、誰かにちゃんと管理されていて、修理する人もいるの。配線のこと一つでも、管理してる人がいて、色んな人がそれを使って、色んな形跡があって、ビルって本当に生きているんだなって思った。親がいない子供はいないって感じ。毎日毎日ひたすらここで作業をしていたら愛着が湧いてきて、今となっては壊される日が訪れるのが寂しいと感じている」とビルへの想いを語る。歌舞伎町振興組合ビルと共に崩されるアートたち。壊された瓦礫は集められ、それらは再び来年作品として蘇る予定だという。
地下1階のライブスペースから、4階の展示スペースまで5フロアに渡る今回の大規模な個展。なかでも目玉作品の1つとも言えるビルバーガー<Build-Burger>は、各フロアのコンクリートの床をくり抜いて、そのフロアにあったエアコンや椅子、机などの廃棄品までをすべてミルフィーユ状に積み重ねた作品である。この制作作業は、専門業者によってフロアのカットをしてもらった後に、くり抜いたコンクリートの床を下ろす作業や重ねる作業をメンバーとアシスタントたちが自ら進めていった。1日1枚のペースでフロアをくり抜いていった。設営の初期段階では、どれがアート作品でどれが廃材なのかまったく分からない状態。一見着々と準備が進んでいるようにも思えたが、ふと目に入ったスケジュール表を見てみると作業は遅れに遅れているようだった。「予定はあくまで予定だから。まずはとにかく進んでいかないと。」とエリイは笑って話す。
4階に展示されるこのビルの歴史や痕跡をテーマにした青焼き/青写真作品など、今回の個展では歌舞伎町という街にまつわる多くの新作の展示も見どころの一つだという。Chim↑Pomの代表的作品の1つであるネズミの剥製を使った<SUPER RAT>も、今回は新宿で集めたネズミを使っているらしい。同様に彼らの代表作である<エロキテル>では、これまでこのビルで営業していたインド&パキスタン料理屋やラーメン二郎の看板を光らせるらしい。他にもホストや夜の世界の人たちの作品など、まさに歌舞伎町ならではの作品が多数。「色々な人が使っていたこの形跡は、何かしらの形で残ると思う。今回の主なテーマは歌舞伎町という街はもちろんだけど、東京、そしてScrap and Build、オリンピック、取り壊し、再生……かな」とエリイは話す。作業ペースに関しては「かなりバタバタだけど、いつものこと。間に合うはず」と余裕の表情。開催3日前にして会場の全貌が未だ見えない状態だが、完成が楽しみで仕方がない。
「歌舞伎町でアートの展示をすることは、私にとってチャレンジなの! 歌舞伎って、いればいるほど謎に包まれる。歌舞伎町にある独特のルールを感じるし、水商売をしていないとヒエラルキーの頂点には立つことができない気がする。例えハリウッドセレブが歩いていたって騒がれないのに、逆に歌舞伎町のローカルな有名人がいると色めき立っている。私が思うかっこいいことやファッションセンスとかも、歌舞伎町という場所ではまったく通用しない。特にこの一区画の人たちは現代アートのことを全く知らないように思う。ここは時空が歪んでいるような気がするの。でも、相性はいい気がする」と歌舞伎町にしかない特有の空気感をエリイは説明する。「今回のこの個展に際して、まずはビルを管理している人たちに話をしに行ったんだけど、現代アートに初めて出会うおじさんたちに展示内容や今までの活動の説明をすることから始まったの。未だにおじさんたちは、私たちが何をするのかはっきり分かってないと思う。アートの展示って言ったら、壁に絵を飾るくらいのことだと思っていたみたい。床に穴を開けても良いかって聞いたら、はじめはびっくりしていたけど、いいよ、って。歌舞伎町では日々色んなことが起きてるから、床に穴を開けるくらいオッケーな感じなのかも(笑)。下町感とも違うし、都内のファンシーなアートに詳しい人たちがいる地域とも全く違う。ここじゃないと実現できなかった展示だと思う。歌舞伎町じゃなかったら絶対にこんなスケールではできなかった」と、迫力の大きさがうかがえる。
Chim↑Pomのアイデア源でもあるエリイ。「アイデアがどうやって生まれるかは、日々、夜な夜な街で遊び歩いていて色んなことにインスパイアされているんだと思う。目に留まったものや、疑問に思ったことをずっと考え続けてるの。無意識に複数のことを考え続けていたら、それがいつかアイデアに変わる」と話し、「一枚絵の青焼きは見て欲しいな。私が昨日寝ないで作ったんだから(笑)。早朝の工事現場に撮影にも行ったし」と続けた。エリイやChim↑Pomメンバーたちは歌舞伎町の人たちをどうやって振り向かせるのか。未だに街を観察し考えていると話すエリイや、次々に生まれてくるアイデア、まだまだ完成途中のビルの展示を見ていると、今回の個展が多くの人たちにどのように受け入れられるのか楽しみで仕方ない。