セリナ・ウルが贈る詩:『押しつぶされた花』

セリナがThe Fifth Senseのために書き下ろした詩『押しつぶされた花』は香りが過去の恋人の記憶をダイレクトに蘇らせる力を持っていることを表現している。メキシコ人アーティストのエリカ・グティエレスがこの作品にイラストを添えた。

Young Poet Laureate of London (ロンドンの若手詩人に与えられる賞)を受賞した経験を持つ作家・研究者のセリナ・ウル(Selina Nwulu)は詩を通して自身の経験を伝え、人々のアイデンティティや社会的正義感に訴えかけている。彼女の作品はクリアな言葉の陰影と深さに富み、数々の名作を残している。

レスター大学で言語学を学び、5年前にロンドンに移住したセリナ・ウルはパフォーマンスと詩の制作を始めた。それからたったの2年で彼女はYoung Poet Laureate of Londonに選出されたことにより、彼女の作品はロンドンで広く知れ渡ることとなる。アイデンティティと社会的正義感が彼女の作品の中の主要なテーマとなったのは、アフリカ系の人口が少なかったヨークシャーのロザラムで、ナイジェリア系家庭の彼女がずっと疎外感を抱きながら育ったという個人的な体験に起因している。彼女は現在ロンドの言語関連の組織で最も権威のあるFree Word Centreに1年間クリエーターとして在籍しており、様々な科学者やアーティストとプロジェクトを手がけている。セリナは食べ物と社会的問題の関係性、またそれが我々の感情に与える言語的作用について注目している。

感情が強まりそれを初めて詩に記した時のことを覚えていますか?

幼い頃からずっと書くことが好きだったので、いつもいろんなたくさんの文章を書いていたわ。その頃は私が書いた文章を誰かに見せるとは思わなかったけど、学校や友達と何かあったことをずっと詩として日記に書き留めていたの。小さい頃ははっきりとはわからなかったけど、私が育ったロザラムでは黒人の女の子は私だけで、街中でも黒人の家族は私たちだけだった。だから、誤解されたり見下されたり差別されたりしたことがあった。そんな中とても物静かな方法だけど、私にとって詩を書くことが誰の目も気にすることなく自分自身を表現できることだったの。詩を書くことで自分を落ち着かせることができたわ。その頃はただその状況を生きることで精一杯だったのでよくわからなかったけどね。その頃はそれを他の人に見せるほどまで上達していなかったけど。

詩を書くことは、私たちの感情を誰が読んでも美しく感じる文章にしたり、時として抱くことすら恥ずかしい感情を文章にすることもでもあります。そのため詩を書くことはとても難しいと思うのですが、あなたにとって詩が大切なのはなぜですか?

私のアイデンティティや私の家族の出身であるナイジェリアのことについて書いた詩を読んだ人が「詩を読んで家族のことを思い出した」と言ってくれる人がいるの。なので、私の詩には人種を超えてそれぞれの人のアイデンティティに訴える魅力を持っていると思うわ。多くの人がいろんな事情で社会の中の居場所について悩んでいるものね。社会問題や自分の居場所がない人々について書いた詩には、とにかくそういった普遍的なメッセージがあると思うの。大きな視点で人間全体の問題として考えることがとても大切だわ。 移民のことについて私たちは偏見に満ちていて、彼らを個人として捉えることなく拒絶してしまう。

今の政治的な環境では大きな権力に対する信頼が薄れていて、世界に対する新しい表現や新しい伝え方に人々が今までにないぐらい興味を持っている。

無意識にもしくは意識して取り扱っているテーマはありますか?

ありきたりかもしれないけど、良いニュースでも悪いニュースでも、ニュースを見聞きして書き始めることが多いわ。あとは詩の中で使う言葉の語呂で遊んだりする言葉遊びね。あまり深掘りしたことはないけどダンスや、パフォーマンス、お芝居からもインスピレーションを受けるわ。近いうちにこういうことを自分の詩にも取り入れたいと思っているの。体を動かすことがどのように詩や文章に影響を与え、逆に文章が体の動きにどのように影響を与えるかについて興味があるわ。ダンスを踊ることも見ることも好きなので、ダンスはとても大きなインスピレーションを担っているの。あと、白人以外の作家、特に黒人女性の作家にもとても興味があるわ。彼女たちの作品は、自分の経験の中で見落としていたものを明らかにし表現する術をあたえてくれる。白人以外の色んな作家の作品を読んで、彼女たちが直面した様々な障壁をどのように言葉で表現したかを読むことはとても大切だと思うわ。このこともインスピレーションを与えてくれるし、このことはこれからも続けていこうと思う。

あなたの創作活動や生き方に関してお手本としたい女性は誰ですか?

4人の姉と育ったことにとても感謝しているわ。学校には黒人の女の子とは私しかいなかったし、白人以外の人種他にも少なかった。その中で、姉の存在は私にとても大切だった。今はもう大人になったので当時とはだいぶ違うけど、幼い頃はお姉ちゃんたちが私の生きるお手本だったの。

将来詩はどのようになっていくと思いますか?

全ての分野で詩が見直されてきていて、ますます多くの人が注目していると感じているわ。私は詩の引力にどんどん惹かれて行っているので特にそのように感じるのかもしれないけど。あと、今までにはなかったような新しい詩にも注目が集まっている。従来の詩集に載るような詩や劇場で読まれる詩以外の新しい形の詩がもっと生まれて、それらも従来の詩と同様に評価されることを祈っているの。今の政治的な環境では大きな権力に対する信頼が薄れていて、世界に対する新しい表現や新しい伝え方に人々が今までにないぐらい興味を持っている。詩がこれからも人々をつなげて行く存在であり、より多くの人々を魅了するものであって欲しい。

『押しつぶされた花』

洗濯の洗剤であなたを思い出す

洗ったばかりのシャツの胸元の香りであなたが蘇る。

その瞬間反射的に私は手を握りしめる

愛する恋人がシーツを掴むように。肉体の記憶

 

あなたの香りであなたは私の脳裏にはっきり現れる

あなたの体つきが蘇る。

隙間を通る激しい分子

顔と顔が触れ合った時の肌と肌の間に走る緊張感

あなたのおでこから鼻を指先でゆっくりさわる。

あなたの唇はフルボディのワインのよう。

ブラックチェリーと熟成したオークの香りが私の唇に立ち込める

その愛をゆっくり、深く、飲み込む

あなたはあの頃のように私に囁いている

私が今いる部屋の壁や家具がそれを遮っているかのように

あなたの囁きは深く柔らかく広がっていく。

海の波のように心地よく

あなたはここに長くいるべきではない

やがて幽霊が戻ってきて私たちの口をこじ開け、

私たちが口に出さなかった汚い言葉を発せさせる

幽霊は私たちをからかい 殴りかかってくるだろう

そして私たちの怒りの形相を思い出させる。

私たちの笑顔は粉々に砕けるだろう。

 

私たちは苦痛と疑惑を根に持った

静かな愛を育んだ

私たちはお互いに与えるその愛の花の部分を押しつぶしただけ。

今晩はこれで十分。私は落ちた花びらで香水を作って

幽霊が来るまであなたと一緒にいる

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