E.M.M.A.が誰であるか書くとすれば、ジャッキー・Oが3分の1、ディスコ通のフェミニストが3分の2と表現するしかない。リヴァプールで生まれ育った彼女は、扇動的な音楽プロデューサーであり、彼女自身が好む表現で言えば、作曲家である。生徒会長に選出された経験を持ち、任期中、校庭の半分でサッカーを禁止することを成功させたと言う。「プレーしてる子たちを避けて歩かなきゃならなかったもの。許せないわよ」。また、その権力が絶大だった時代に、女子学生たちのパンツ着用許可を巡る投票を先導し、見事その権利を勝ち取ったこともあるそうだ。
政治的な願望は別にしても、シーンを騒然とさせたアルバム『Blue Gardens』を2013年に〈キーサウンド・レコーディングス〉からリリースして以来、E.M.M.A.は新しい潮流を生み出し続けてきた。世界中から称賛されている暗く夢のように伸びやかなシンセと、活力に満ちたサウンドを響かせるこのアルバムは、既存のクラブミュージックの殻を打ち破った重要な1枚だ。近未来的でありながらレトロ感をも内包した『Blue Gardens』の楽曲。心の奥深くに共鳴し、知性を波打たせる、まさにマスターピースであり、ただ陽気なだけのクラブヒットチューンとは一線を画している。ダンスミュージックより、実験的なジャズやプログレ音楽の方が近いと言えるかもしれない。このアルバムを監修したのは、彼女の飼い猫ジャネット。これまでのE.M.M.A.のクリエイティヴな冒険譚を残らず監督してきたのだという。「ジャネットが好きじゃない曲が日の目を見ることはないわ」とE.M.M.A.は話す。
その他にも、E.M.M.A.はDJとして定期的に活動し、「エメラルド・シティ」というクラブイベントを立ち上げるなど、その活動の幅は広い。最近では「プロデューサー・ガールズ」というプラットフォームをつくり、楽曲制作やDJに興味を持っている女性を支援しているほか、友人のエイミーとともにNTSで「エンジェル・フード」というラジオ番組のDJを務めているのだという。今回、私たちはE.M.M.A.がワークショップを行っている場所の1つ、テート・モダンを訪れ、話を聞いた。
あなたが自分のことを「作曲家」と呼ぶのが好きなんです。デジタルなものではなくて、ちょっとアナログな魔法使い的アーティストが頭に浮かぶので。
ええ、その通り。「プロデューサー」って、ちょっと無機質に聞こえるでしょ。テクノっぽい印象が強いし。でも「作曲家」なら、シンセを使って様々な音を練り上げている感じが出るでしょ。アーティストにとって、作品を量産し続けることはかなりのプレッシャーなの。実際、モチベーションだって下がっちゃうわ。私がつくるものはすべて、長く続かなきゃいけない。インターネットが世の中の全てを使い捨てにしたからといって、私たちまでもが自分の作品を短命なものにしなきゃいけないわけじゃないわ。
音楽のインスピレーションはどこから得ていますか?
変化、進歩、そして不満。私自身の戦いね。私のアルバムの音楽が男についてのものだって思われたら、それ以上最悪なことってないわ。そんなものネタにしない。もっと哲学的なことを扱ってきたんだから。例えば私のコンセプトアルバム『エンカルタ96』はリリースこそしなかったけど、インターネットが出てくる以前の生活についてのものなの。ペンギンの生態や火山の一生について学ぶことで、私がどんなふうにこの世界を解釈していたかという強い記憶に基づいているわ。
〈プロデューサー・ガールズ〉はどのように始まったのですか?
この業界にはびこる幅広い問題について対処したかったの。女性が許容はされているけれどマイノリティでしかないところで、作品をつくり続けることはできないわ。すべての女性にこの場所をすすめたい。それがこの1年、私が最優先でやってきたことよ。すごく政治的な活動だし、実際のところ、動機も政治的だったわ。私の音楽自体はそれほど政治的には感じられないかもしれないけど。ときにはケンカを始めなきゃならないこともあるの。音楽で世の中の問題すべてが解決できるわけじゃないけど、手助けをすることはできる。そうすれば、みんなが口にしないけど気にしている問題をいつかあぶり出すことができるのよ。ワークショップへのものすごい数の応募数から察するに、多くの女性がプロデュース業に自信を失っているみたい。私はデヴィッド・ボウイ(David Bowie)から影響を受けたわ。彼はジェンダーの壁を壊し、白人至上主義のMTVに歯向かった。まだ学生だったころに、〈長髪男性の会〉を組織したのよ。アート、音楽、そして政治は両立することができる。“音楽業界の人たち”と付き合っていく中で私が落ち着かなさを感じたのは、自分が珍奇なものに感じられたから。明らかに性差別主義者ではなくても(片棒を担いでいたかもしれないけど)、女性プロデューサーはいつも私1人だったわ。「半々じゃない理由は何なの?」っていつも考えてた。理解しようとしていたのね。で、こう思い至ったの。「わかった、それならなりたい人がいるか調べてみなきゃ」って。たぶんその理由は、できるって誰も教えてくれなかったから。学校で、女の子も宇宙飛行士になれるんだって誰も教えてくれなかったみたいに。ヒラリー・クリントンは、NASAに入れなかったから政治の世界に転向したんだって言っていたわ。それで私はこの活動を始めたんだけど、いきなり600を超える応募が来たの! 何から何まで手作りだったけど、大きな注意喚起になったわよね。
ワークショップを始めたあと、そこに参加している女性たちから学んだことはありますか?
イコニカやナイトウェーヴといった他の女性プロデューサーたちと話をするようになってからというものずっと、他の女性たちの思いを学び共有することが、信じられないくらい刺激的で力強く感じられるわ。あと、うちのワークショップでよく取り上げられるんだけど、女の人って男に何か教えてもらうのが好きじゃないのよ。恥ずかしいと感じるし、上から目線で偉そうに説明されるのもイヤだし。それにたいてい男のプロデューサーしか知らないから、単に「そういうものよね」って思っちゃう。だから、女性がともに学び、助け合うというところが鍵になってくるの。ダンス教室に行ったら女性しかいないけど、そこにいるのが全員男性だったら奇妙だと思わない? そこに女ばかりのグループで行けば、気まずさも少ないし、躊躇もそれほどしないはず。緊張がほぐれて、どうしようかな、なんて悩むこともない。音楽プロデュースを学ぶのも、まったく同じことよ。悩む必要なんて、どこにもないわ。
“フェミニスト志向の”ポップカルチャーの勃興についてはどう思いますか?
私から見れば、女性が長い年月をかけて成し遂げた偉業とは正反対のものね。戦争中に飛行機に乗った女性たちは、世界をひとつにしたわ。ご存知の通り、この世が始まったときから、女性は素晴らしい存在なのよ。でも今は、おかしなネット文化が女性には特別なケアが必要だとほのめかしてる。全然必要じゃないのに。女性が能力的に劣っているなんて言いたいわけじゃないの。男性と同等のクリエイティビティを持つ女性にとって、この業界が何らかの理由で魅力的ではなくなってるということが言いたいのよ。でも彼女たちがエレクトロの世界を自分たちの活躍の場だと思ってくれれば、多くのものを生み出してくれるはずだわ。
ご自身のラジオ番組「エンジェル・フード」について教えて下さい。
前に自分だけでラジオ番組をやっていて、その最初の回で過去につくった曲をぜんぶかけちゃったの。で、次の回になったときに「どうしよう! 何をかければいいの?」ってなっちゃって。だから私がつくったりかけたりする曲と同じようなものが好きなエイミー・クリフ(Aimee Cliff)の力を借りることにしたの。彼女はふだん〈フェーダー〉の音楽エディターをしているから、新鮮な情報も提供してくれるしね。「エンジェル・フード」らしさは、あのケーキのアイコンにあるわ。私たちのシンセサウンドがぜんぶお菓子みたいにとってもキュートでスウィートだから、「エンジェル・フード」っていう名前にしたの。ゲスト枠には主に女性のプロデューサーやDJを起用して、活動の場も提供してる。男性のコラボレーターもたくさんいるけどね。だってもちろん、男女どちらにも音楽を発信しているから! 最終的には、世界中の才能ある女性プロデューサーを網羅したネットワークをつくりたいわ。そしたら彼女たちも番組に呼べるし、最高よね。
これからのE.M.M.A.はどうなるでしょうか。
数年したら私がイギリスの首相になるかもしれないじゃない? そうね、2020年はカニエと見て間違いなさそうだから、私は2030年かしら? カニエ2020、E.M.M.A.2030ね。
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