アポロニア・ソコル(Apolonia Sokol)のアート作品を見るのは、タイムマシンで芸術が初めてこの世に生まれたときにまで時を遡るような体験だ。彼女が作り出す油絵作品には、葛飾北斎の浮世絵とポーランド系フランス人の画家バルテュス(Balthus)の画風が出会い、そこで新約聖書に登場する女性サロメをホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)が歌で讃えたような世界が広がる。誰もが自らのうちに感じ、しかし誰もが目を背けている本性——そんな感覚を見る者に引き起こすことができる稀有な才能をもって、ソコルは自身の友人や恋人、そして日常で出会う他人を肖像のうちに描く。昨年10月にパリのFIACアート・フェアで行なった最新エキシビション『Heartbreak Hotel』では、女性の裸を描いたシリーズを含む多くの油絵作品が展示された。
物的に、肉食動物のように、絵を描く。
パリの国立高等美術学校の美術史教授であり、本の著者でもあるディディエ・セマン(Didier Semin)は、私を「肉食」で「取り憑かれている」と……これからも妥協することなく私の絵画世界を追求していきたいと思います。
「もっと深く知りたい」と思える人々を絵に描く。
外に出て、私が描きたいひとに出会うということ——彼らの半生を知って、彼らの存在のうちにある欲望と知られざる一面を解き明かすのは、私が絵を描くうえで絶対的な意味を持つプロセスです。彼らに見るそういった性質、そういった“本性”は、私自身にも内在している——それを理解すると、そこに共感や情熱が芽生えてきて、私が描く絵にもそれが滲み出ます。でも、良い絵というものはモデルだけで決まるわけじゃありません。デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)がプールと当時の恋人を描いた絵——ホックニーはあの肉体と存在を捉えたかったわけですが、いま私たちがあの絵のことを考えたときに心に浮かんでくるのは、プールと、それを描いたホックニーのアートの要素だけで、彼の恋人について鮮明に思い出せるひとはほとんどいないでしょう。カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)の絵もマティス(Henri Matisse)の作品も、ジョルジョ・モランディ(Giorgio Morandi)が描いた瓶の絵も同じことが言えます。
音楽はなによりも速く、人間をトランス状態へと導いてくれる。
絵を描いているときは、同じ音楽を何度も何度も繰り返し聴いていられます。パフォーマーやミュージシャンは感情を直接的に伝えることができる——それだけで大きな尊敬の念を抱かずにいられません。抽象的な音世界もポップスも好きで、スティーヴ・ライヒ(Steve Reich)からホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)、リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)からボニー・バナーヌ(Bonnie Banane)とウォルター・メッカ(Walter Mecca)まで、なんでも聴きます。友達のひとりに素晴らしい歌手がいて、彼女が書く歌詞にも、その実験的なサウンドにも、日々インスパイアされています。
私の生活のなかで、香りは大きな存在。
油絵を描く際にはテレピン油を用いるので、私は常に毒の香りに包まれています。テレピン油の香りに私は興奮させられますが、同時に肌や髪をはじめ体には大きな打撃が加わっています。でもあの香りが好きなんです——私のアートの大きな一部なのです。
芸術は直感的な言語。
もう亡くなっている芸術家たちだけでなく、現代アーティストの作品が持つ言語に意識を向けてみると楽しいですよ。ヘンリー・テイラー(Henry Taylor)やエリザベス・ペイトン(Elizabeth Peyton)、ジュール・ド・バランクール(Jules de Balincourt)といった名匠たちの作品を見ると、歴史が学べます。いま私がもっとも心を奪われているのは、バルテュス(Balthus)ですね。