ケリー・リー・オウエンス(Kelly Lee Owens)は、聴く者の感覚に直接働きかけ、また聴く者をどこか別の次元へと連れていってくれる音楽を作るミュージシャンだ。自身の名を冠したデビュー・アルバムに収められた曲の数々は、現実逃避をわたしたちに促してくる。真夜中に聴くのにぴったりな「Evolution」、ストリングスが美しい「Lucid」、ジェニー・ヴァル(Jenny Hval)とのコラボレーションで生み出された泡の沸き立つような音世界「Anxi.」などがその好例だ。ケリーは、ロンドンのレコードショップPure Grooveで働いていた20代前半、プロデューサーのダニエル・エイヴァリー(Daniel Avery)と出会った。エイヴァリーは「Drone Logic」のボーカルにケリーを迎え、それがケリーの音楽づくりのきっかけとなった。その後、ゴースト・カルチャー(Ghost Culture)のジェイムズ・グリーンウッド(James Greenwood)と数々のコラボレーションを果たしたケリーは、独自の音世界を追求。デビュー・アルバムではアルバム全体を自分でプロデュースした。大物アーティストの誕生を、今、私たちは目撃しているのだ。
ケリー・リー・オウエンスの5つの刺激を探ってみよう。
音楽が持つ癒しの力を知っている。
19歳のとき、がん病棟で働いていた。今わたしが生きているのとは正反対の世界のように思えるかもしれないけれど、実のところ音楽の世界とがん病棟の世界は同じ。がん患者のひとびとが化学治療や放射線治療を受けるのを見るだけでも辛かった。そういった治療はもちろん必要なのだけれど、患者さんが心に幸せを感じられる状態を探る手伝いも、大切な治療。音楽はそのひとつ。ガンが体に見つかったひとは、音楽をやってみたり、絵を描いてみたり、アート作品を作ってみたりすることを勧められるの。クリエイティビティと心の健康の間には密接な関係がある。アナイス・ニンが、「クリエイティビティは、自らを表現することができない。表現されないクリエイティビティが、狂気となる」と言っているけれど、私にはそれがよく理解できる。
XL Recordingsでインターンとして働いた日々を通して業界の仕組みを知ることができた——それがわたしにとってラッキーだった。
それまでは知ることのなかった世界に投げ込まれた。わたしはそうやって、知らない世界へと飛び込んでいくのが好きだ。レーベルXL Recordingsで働いたのは数週間だったけれど、わたしはあそこで音楽業界へと足を踏み入れることができたし、業界の仕組みを内側から見ることができた。あの経験が、今の今まで役立っているの。私だったら絶対に選ばない道を、ほかの人たちが選んで進んでいってしまうのを、これまでにたくさん見てきた。自分にとって何が大切なのかを見極められた時期だった。大きなレーベルと大きな契約を結んで、プロモーションをたくさんやらされて、メディアへ露出されていくことを選ぶか。それとも、自分に忠実な音世界を求めるアーティストとして、長い時間をかけて成長していきたいのか。たかだか20歳でリリースなんてしていたら、おそらくクズみたいな音楽しか作れなかったはず。
ジ・エックス・エックス(The xx)に、新しいサウンドを見た。
XL Recordingsでインターンとして働いていたとき、ジ・エックス・エックスがデビュー・アルバムを作っていたの。彼らにとって初のプロモ・シングルを作って、それをプロモーションする手伝いをしていたんだけれど、彼らはとてもシャイで、服装はゴス系で、わたしは内心、「XLは何でこのひとたちと契約したのかしら?」と思った。それまでわたしは彼らの音楽を聴いたことがなかったの。そこで、彼らが作ったCDを聴いてみた。聴いて納得したわ。スペースを感じさせ、広がりのある、あのサウンド。わたしがXLでのインターン期間を終えた日、ジ・エックス・エックスもアルバム制作を終えたの。XLでお世話になったスタッフに感謝の気持ちをとケーキを買って事務所に行くと、ロミー(Romy Madley Croft)がわたしのところへ来て、「わたしたちも食べていい?」って言うから、「あなたたちアルバム完成したんでしょ! ケーキでも食べてお祝いしましょう!」ってケーキを振る舞ったわ。
「きっと新しい音楽の作り方を見出すアーティストになるだろう」とずっと思っていた。
学校の食器棚に、西アフリカのドラム、ジャンベが40個ほど隠されているのを発見したことがあった。音楽の先生が、友人のためにということでそこに保管していたの。学校はそれを知らなかったんだけど、別に違法なことをしていたわけでもなく、ただ預かっていただけだった。わたしが、「アフリカン・ドラムの曲を作ってみたい」と言うと、先生は、「まあ……できるならやってみなさい!」と許可してくれた。そこでわたしは、50人ほどの演者を集めて、4セクションのドラム隊を作った。自分でも何をやっているのかわかっていなかったし、ドラムの経験があるひとは一握りで、ほかは全員がドラム未経験の素人だった。でも、みんなで即興の演奏をして、それをMD(ミニディスク)に録音したの。MDが最新技術だった時代の話。あのMDを探し出したいわ。
曲を書いているとき、わたしには音の周波が見える。
わたしには音が見える——といっても共感覚のような見え方ではないの。例えば、曲のイコライジングをしているときには、各音の周波がわかってしまう。違和感のある音が混じっていると、それがどこにあるかが視覚的にわかってしまうの。説明が難しいけど。わたしは直感を信じて音楽を作っているし、良いと思った方向性で音を突き詰めていくけれど、同時に、頭の中で積み木のように音楽を組み立てている。ひとつの音を作ったら、次に何をすべきかがすでに見えているの。