シェフの世界を揺すぶるフラナリー・クレット=コルトン

要人たちのプライベート・パーティから、映画『E.T.』をテーマにした期間限定オープンのレストランに至るまで——ニューヨークをベースに活動するフラナリー・コレット=コルトンの食世界を堪能する。

マンハッタンに生まれ育ったフラナリー・クレット=コルトン(Flannery Klette-Kolton)。現在はイーストビレッジの東側に位置するアルファベット・シティ地区に暮らしている。過去10年にわたり、プライベートのパーティやブランドのイベントで料理サービスを提供し、多国籍料理を手がけるクリエイティブ会社として業界内外で知られるようになった<bigLITTLE Get Together>。フラナリーは、そのオーナーだ。

料理を始めたきっかけについて聞かせてください。

子供の頃から家族と料理をよくしていたんです。実をいうと、私は10代のころに摂食障害に悩んでいたんですが、食べ物のことばかり考えていて、料理や食べ物のテレビ番組ばかりみていました。そこで食べ物に関する情報をすべて吸収して、摂食障害が治ったころには、どうにかしてそれまで吸収してきた情報を使って良いことができないかと考え始めました。

ニューヨークの食文化はここ数年でどう変わりましたか?

色も多様化し、手に入る素材の種類が豊富になりました。そして多文化料理へのひとびとの認識と好奇心が定着してきてもいます。ニューヨークには世界中のひとびとが集まっていますが、それぞれの国の文化を知りたければその地域の料理を食べるのが一番です。好奇心さえあればどんなものにも触れることができる——ニューヨークには、ひとの好奇心をくすぐるようなエネルギーが溢れているし、そのエネルギーは競争が激しいからこそ生まれるものでもあります。

いつも食に関してとても情熱的に語られていますが、ジャンク・フードも食べますか?

食べませんね。成分表を見れば何が入っているのかわかってしまうので。「自然と文化が交差する場所」をテーマに記事や本を書き続けている作家マイケル・ポーラン(Michael Pollan)が、「食べたいものを食べれば良い——最初から最後まで自分で作ったものならば」と書いていましたが、私にとってはそれこそが健康的な食生活というもの。食べたければ、パイをホールピースで食べたっていいんです——自分で一から作ったものであればね。食べ物は、いわば燃料のようなもの。口から体内に入れるもので私たちの体はできあがっているし、私たちの体はそれを使って初めて機能するわけです。食べ物を量産するということは、消費者にそれを提供するまでの工程のどこかで何かを妥協しなければならないということ。でも、近年は多くの企業やブランドが、事業戦略の焦点を有機食品と環境配慮に当てるようになって、素晴らしい動きが生まれてきていると思います。

料理をするときには、何からインスピレーションを得ているのでしょうか?

何が旬なのかということですね。手に入るなかでベストな食材を使いたい。1月と7月では、プラムも味が違います。1月のプラムは最高の状態にはないのです。舌触りや歯ざわり、そして色も重要なインスピレーション源です。私にとって食べ物というのは、感覚に、そして感情に訴えかけてくるものです。

料理をしているときにもっとも大切と考えている感覚は? たとえば、「見た目は良くないけれど、味が確かならお客様にも出す」などということはあなたにあるのでしょうか?

それは悩みますね。私にとって料理のテクニックとは、視覚がもっとも大切になってくると思います。何をどの程度の量、使っているのかを見極めるのは視覚ですし、料理が出来上がるまでの工程は目で確認していくからです。とはいえ、たとえばもしも私が盲目だったとしたら、おそらく嗅覚がもっとも大切な感覚となるでしょうね。視覚と嗅覚は、同位と言っても良いほどの僅差です。「準備が整った」と伝えてくれるのは香りですから。「まずは目で食べる」とよく言いますが、それがあまりにも本当のこと——だから、よくビジネス・パートナーのローレン・ゲリー(Lauren Gerrie)と、お互いに作った料理を「そんな見た目でいいの?」とからかって笑います。もちろん味がもっとも重要になってくるわけですが、口に入れる前に私たちは食べ物を他の感覚でも味わっているんですよね。

見て、嗅いで、味わって——それは私にとってとてもエロティックなことです。エロティックという言葉には性的な意味が強く含まれますが、情熱的に満たされて、感覚を刺激するものに強く反応するという意味において、食はやはりエロティックな体験なのです。

あなたはとても官能的なかただとお見受けします。

官能的な人間だと思いますよ。三次元の世界に生きるということは、感覚のなかに生きるということ。見て、嗅いで、味わって——それは私にとってとてもエロティックなことです。エロティックという言葉には性的な意味が強く含まれますが、情熱的に満たされて、感覚を刺激するものに強く反応するという意味において、食はやはりエロティックな体験なのです。

料理の世界では誰に刺激を受けますか? 古くから、“おふくろの味”など、母親こそが味のお手本という考えが根強くありますが、私はそれに当てはまりません。

様々なひとや物に刺激と影響を求めますよ。インスタグラムではほかのシェフたちをたくさんフォローしています。サイン・バーク(Signe Birck)という食べ物専門の写真家がいるんですが、彼女の写真にはいつも刺激を受けます。彼女は様々なシェフの料理を写真に収めていて、私は見飽きることがありません。でも誰にもっとも大きな刺激と影響を受けているかと問われれば、それはやはりローレンですね。常に一緒にメニューを考えているし、ふたりで様々なことを決めていますから。お互いを刺激しあっていなければ機能しない物作り関係にあるのです。

映画『E.T.』をテーマにしたポップアップのレストランを展開しましたね。

『E.T.』を選んだのは——まず素晴らしい映画だからというのが理由です。そして、私が生まれた年に作られた映画だからという理由もあります——観ると懐かしい気持ちになりますね。映画の冒頭で子どもたちがピザをデリバリーで頼むというシーンがあるんですよ。70年代や80年代に主流だった昔ながらのニューヨーク・スタイルのピザをそのまま再現して出しているScarr’sというピザ屋があるんですが、このお店というのが、料理には有機食材のみを使い、食器は生分解性素材で作った食器のみを使っているんです。そういう姿勢を、私たちは支援したい——そう考え、コラボレーションでポップアップ・レストランを作ったというわけです。食べるという体験はすべてテーマがあって成り立っているもの——食べる側の人間は、それを考えたり、気付いたりはしないかもしれませんが。食というものは、メニューからサービス、料理の盛り付けまで、すべてが調和のもとに作り上げられているものなのです。感覚に働きかけるものでなくてはならないものだと思っています。『E.T.』をテーマにしたディナーは、それを大げさに解釈して、楽しい世界観に表現したものでした。ピザは、フォレスト・マッシュルームとスモーク・チリ、そして松の実を使って、宇宙船が林に着陸するさまを表現したんですよ。映画では登場人物たちがよくソーダを飲んでいるので、コーラで煮込んだ豚肉を桃とバジルで料理したものも作り出しました。デザートには、キャンディのReese’s Piecesにインスピレーションを得て作ったピーナツバター・ケーキにチョコレートのコーティングをしたものと、バスケットいっぱいのReese’s Piecesキャンディをふるまいました。大胆にビールの缶を突っ込んで焼く“ビア缶チキン”を野菜とともに振る舞うサラダは、エリオットがビールを飲んで酔っ払うシーンにインスピレーションを得て作ったものです。他にも、ソーラー・システム・サラダというものも作りました。楽しかったです。

あなたの話を聴いていると、そのタッチの軽さと細部へのこだわりがとても女性的だと感じます。

良くも悪くも、女性は男性より繊細だと言われます。そのとおり——良い意味で、女性は男性よりも繊細だと思います。だいたい11歳ぐらいで月経が始まり、そこから自分の体や感情と向き合っていかねばならないわけですからね。感覚で受ける刺激を自分の内で処理する生き物なのですから。

料理の世界と聞くと即座に男性の世界を思い浮かべるひとも少なくないと思いますが、実際はどうでしょう?

ほとんどのひとは母親が作ってくれた料理を食べて育つからなのか、“食べる”ということに関しては即座に女性と関連づけて考えるひとが多い——でもレストランや外食産業というと途端に男性を思い浮かべるひとが多いのは、シェフに男性が多いからですね。不思議ですね。

厨房で男性シェフが怒鳴り散らすようなリアリティ番組の影響か、「シェフ=男性」というステレオタイプが出来上がってしまっているのでしょうね。

私も怒鳴り散らすから、ぜひ私にも番組を! アメリカの食べ物関連番組に登場する女性たちが、“シェフではなく料理人”と考えられている傾向も頭にきますね。厨房では女性のほうが穏やかに立ち居振る舞いできます。男はすぐにカッとなりがちですね。

多方面での技能や専門知識を持ち合わせていなければ、あなたが作り出しているものは生まれてこないのでしょうね。

何よりもまず忍耐力が必要とされますね。ひとによってはとても細かい健康管理を実践していたりしますから、そういった要望に応えるべく、辛抱強くクライアントの言葉に耳を傾けなければなりません。プライベートのディナーを作る場合には、依頼者との親密な関係をベースに料理を作り出していかなければならないので、わたしとローレンには社交面での技能も求められます。ローレンもわたしも、もとは接客からこの世界に入っているんです。表方の仕事から始めているからこそ、カスタマー・サービスというものを理解しているんですね。

材料5つで素人でも簡単に作れる料理をひとつ教えてください。

ベイクド・エッグなんか良いかもしれませんね。わたしは卵が大好きで、これはよく作っています。バター、クリーム、卵、チーズがあればできます。耐熱皿でクリームとバターを1分間熱し、そこに卵を割って入れます。それを4分間グリルして、皿ごと取り出したらチーズをかけ、またグリルに入れて少し待てば、あとは野菜を添えて出来上がりです。

ゲストを4人呼んでディナー・パーティを開くとしたら、誰を呼びますか? 存命中のひとでも亡くなっているひとでもかまいません。

女性だけの晩餐にしたいですね。まずは、わたしが“魂の姉”と思っているスティーヴィー・ニックス(Stevie Nicks)。魔女の世界観いっぱいの前菜でも持ってきてもらえたら嬉しいですね。メインコースは、アメリカで料理番組を長年もっていた伝説のシェフ、ジュリア・チャイルド(Julia Child)。アメリカにおいて料理の世界で権威となったひとです。際立ったキャラクターも手伝って、とても面白い番組を作ったんですよ。私のビジネス・パートナーであるローレンが作るデザートは絶品なので、甘い物は彼女に任せます。リンジー・ローハンにはコンブチャかテキーラでも持ってきてもらいましょう。

そろそろインタビューも終わりに近づいてきたので、ここでポールダンスについて聞かせてください。

レストランの厨房で働かないと決めたひとつの大きな理由は、「日々を同じことの繰り返しの中に生きていたくない」「生活も楽しみたい」という思いがあったからです。なんでも好奇心をもって試し、探ってしまう性格なんです。ポールダンスは、始めて7年になります。昨年からは人前でパフォーマンスも披露し始めています。

ショーガールをテーマにしたポップアップ・レストランを開店するというアイデアはどうでしょう?

すでにそのアイデアは出ているんです。やるときにはここで告知しますね。

This Week

和洋新旧の混交から生まれる、妖艶さを纏った津野青嵐のヘッドピース

アーティスト・津野青嵐のヘッドピースは、彼女が影響を受けてきた様々な要素が絡み合う、ひと言では言い表せないカオティックな複雑さを孕んでいる。何をどう解釈し作品に落とし込むのか。謎に包まれた彼女の魅力を紐解く。

Read More

小説家を構成する感覚の記憶と言葉。村田沙耶香の小説作法

2003年のデビュー作「授乳」から、2016年の芥川賞受賞作『コンビニ人間』にいたるまで、視覚、触覚、聴覚など人間の五感を丹念に書き続けている村田沙耶香。その創作の源にある「記憶」と、作品世界を生み出す「言葉」について、小説家が語る。

Read More

ヴォーカリストPhewによる、声・電子・未来

1979年のデビュー以降、ポスト・パンクの“クイーン”として国内外のアンダーグランドな音楽界に多大な影響を与えてきたPhewのキャリアや進化し続ける音表現について迫った。

Read More

川内倫子が写す神秘に満ち溢れた日常

写真家・川内倫子の進化は止まらない。最新写真集「Halo」が発売開始されたばかりだが、すでに「新しい方向が見えてきた」と話す。そんな彼女の写真のルーツとその新境地を紐解く。

Read More

動画『Making Movement』の舞台裏にあるもの

バレリーナの飯島望未をはじめ、コレオグラファーのホリー・ブレイキー、アヤ・サトウ、プロジェクト・オーらダンス界の実力者たちがその才能を結集してつくり上げた『Five Paradoxes』。その舞台裏をとらえたのが、映画監督アゴスティーナ・ガルヴェスの『Making Movement』だ。

Read More

アーティスト・できやよい、極彩色の世界を構成する5つの要素

指先につけた絵の具で彩色するフィンガープリントという独特の手法を用いて、極彩色の感覚世界を超細密タッチで創り出すアーティスト・できやよい。彼女の作品のカラフルで狂気的な世界観を構成する5つの要素から、クリエーション誕生の起源を知る。

Read More

ハーレー・ウェアーの旅の舞台裏

写真家ハーレー・ウィアー(Harley Weir)が世界5カ国に生きる5人の女性を捉えた旅の裏側、そして、ドキュメンタリー映像作家チェルシー・マクマレン(Chelsea McMullen)が現代を象徴するクリエイターたちを捉えた『Making Images』制作の裏側を見てみよう。

Read More

『Making Codes』が描くクリエイティヴな舞台裏

ライザ・マンデラップの映像作品『Making Codes』は、デジタルアーティストでありクリエイティヴ・ディレクターでもあるルーシー・ハードキャッスルの作品『Intangible Matter』の舞台裏をひも解いたものだ。その作品には、プロデューサーとしてファティマ・アル・カディリが参加しているほか、アーティストのクリス・リーなど多くの有名デジタルアーティストが関わっている。

Read More

ローラ・マーリンが表現する、今“見る”べき音楽

イギリス人のミュージシャン、ローラ・マーリンのニューアルバムに満ちている“ロマンス”。男っぽさがほとんど感じられないその作品は、女性として現代を生きることへの喜びを表現している。

Read More
loading...