壮大なスケールのイメージと、ときには言葉を駆使したパブリックな空間を旋風するストリートアートには、様々な問題に気づくための普遍的な意識を高める力がある。それらのイメージは、長きにわたり多くの人の目に触れながら、なかには独自の知名度やステータスを築くものもあるのだ。ひとたびロンドンのブリックレーンを歩けば、いつだってベン・アインやバンクシーの初期作品を指さしているツアーガイドを見かけるように。
ほかのアーティスト同様、自分の素性を明かしていないKashinkだが、彼女が十代の頃に芽生えた情熱は、自分の中にあった自己表現への強い想いとともに、権力に対して抱いていた明らかな嫌悪感を気づかせた。やがてそれは、自由で反骨的な精神を反映するグラフィティを用いた壁のタギング行為へと注がれていく。Kashinkは話す、「これは駆け引きでもあり、きわめて重要な、体制に対する抵抗なの」と。
Kashinkにとって既存の制度や体制に抗ったり、挑戦したりすることは、いたって自然なこと。例えば、彼女は毎日自分の唇の上に、まるでジョン・ウォーターズの口髭のような2本のラインを描き<フェミニニティ(女らしさ)>とは何かを問いかけている。また、熱心なコミックファンでもあるKashinkのタグネームは、子どもの頃に愛読したコミックに使われていた擬音がもととなっているのだ。そんな遊び心溢れるアプローチは、Kashinkの作品にも生かされている。どんな人種にも属さない大胆な肌の色に、4つの目玉で表現されるユニークなキャラクターたち。フランスで起った同性婚を反対するデモに抗議して、同性婚の支持を表明するため、世界中の壁にケーキの絵を描いたプロジェクト。そしてアムネスティ・インターナショナルが行った性と生殖に関する権利を守るキャンペーン『My Body My Right』のための壁画制作など、Kashinkの作品には一貫して「すべての人に自由を」というメッセージが込められている。ここで彼女は現状を揺るがすためのマニフェストをシェアしてくれた。
風変わりな自分に誇りを持つ
私はこれまで自分が何かに馴染めたことは一度もないと感じているし、周りと比べても、自分がどこか変わっていると感じてきた。でも、自分の事をそんな風に感じられることが、とても幸せ。ストリートアーティストとしての活動は、私自身に異質であるという感覚を表現する機会を与えてくれる。タギングを始めたのは、当時ティーンエイジャーとして抱いていた権力に対する反抗心や、外へ出て楽しいことをしようというクリエイティブな衝動を合わせて表現できるベストな方法だったから。それに、スプレー塗料の匂いは、なんだかワクワクするから好きなの。つねに現行の制度に疑問を投げかけ、当たり前とされていることを揺さぶるような活動を目指しながら、日常的にストリートアートに取り組んでいくつもり。自分のことをシリアスな問題でも楽しいやり方で発信するアクティビストだと思っているから、<ファンティビスト>という造語を作ったの。
自分を表現する
自分の顔に、毎日口髭を描き始めてもう3年になる。第一に、これは変わり者である自分の個性を身体的に表現したものだけど、同時に多くの問いを投げかけてもいるの。女性の顔にある2本の対称線は、それが眉毛やアイラインであれば問題ないのに、それが唇の上に描かれた途端、本来は<フェミニニティ(女らしさ)>を表すはずのものが、真逆の意味を持ってしまう。このおかしな事実に疑問を投げかけ、既存のルールや、見栄え良く美しくあるべきだとする社会の掟が、いかに不条理なものであるかを訴えているの。十代の頃、リー・バウリーの作品と出会い、本当に驚かされたわ。彼は、コスチュームの創作や自分のイメージの再構築など、全エネルギーを作品に注ぎ、<フェミニニティ(女らしさ)>や<マスキュリニティ(男らしさ)>という既存の定義づけに対し、とことん挑戦していた。
未来について考える
なぜ女性のストリートアーティストは少ないのかとよく聞かれるけど、私にも理由はわからない。ただ、唯一いえることは、これまでの歴史上のアーティストたち全体をみても、女性の数は少ない。でもその流れを変えられるかどうかは、私たち次第だということ。よく自分に問いかけるのは、ポジティブな物事をみんなで共有し、未来について共に楽観的にいるためには、この人生において一体何ができるのかと考えること。女性は、望むような人生をまっとうしたり、自分のことを表現したりすることに対して、まだまだ消極的なところがある。私たちの後押しにはならない既存の判断基準やルール、制度から自分たちを解放するには、自分自身で物事を決断する必要がある。お互いを励ましあいながら望むべき状況を可能にする力があるのだから、それを実行に移すかどうかは、私たち次第だということ。それでも、少しずつ変化は起きていると確信している。だって今では当たり前になっているけれど、70年前、女性は投票することさえできなかったのよ。みんなで力を合わせてポジティブな気持ちを持てば、未来について明るいイメージを持つことができるはず。