彼女がまだ幼かったころ、母親はフルーツに夢中だったという。桃、パパイヤ、マンゴー、かぐわしい香りを放つ柔らかなアフリカの夏の果物たち。それを彼女の母親は熱心に買い求めていたのだ。「父が出張に出かけようものなら、留守のあいだの生活費として渡されたお金を、1日でフルーツに使ってしまうの。これからしばらく何を食べさせられるんだろうって思うわよね。母親は『スイカでも食べてなさい!』というふうなんだから」
ふにゃふにゃツルツルしたそんなフルーツの数々は、のちにレディ・スコリー(Lady Skollie)の作品となった。鮮烈な色彩でセックスと食べ物を混在させたその作品に描かれるのは、バナナの性器、陰唇をさらけ出すようにカットされたリンゴ、そしてたくさんの黒光りした種とオレンジの果肉を持ったパパイヤ頭の豊満な女性だ。「私がフルーツとセックスに夢中なのは、母のフルーツ愛をセクシャルなものと結びつけたことがきっかけなの」と彼女は言う。
明るいイエロー、濃密なレッド、フレッシュなグリーン、毒々しいピンクがせめぎ合う彼女の絵画では、こうしたものが多数、そして繰り返し描かれる。それはセクシーで卑猥で刺激的で喜びに満ち、おもしろさと気持ち悪さのあいだで絶妙なバランスを保っているのだ。中でも人気なのが、〈Pussy Prints〉というヨーニ[訳注:ヒンドゥー教の女陰像]が繰り返し描かれる作品。それぞれのヨーニはすべて違うデザインなのだが、集団になるとキュートでアブストラクトな模様になる。「これで服を作ったらいいんじゃないですか」と私が言うと、「みんなそう言うのよ」と彼女は答えた。
明るいイエロー、濃密なレッド、フレッシュなグリーン、毒々しいピンクがせめぎ合う彼女の絵画では、こうしたものが多数、そして繰り返し描かれる。それはセクシーで卑猥で刺激的で喜びに満ち、おもしろさと気持ち悪さのあいだで絶妙なバランスを保っているのだ。中でも人気なのが、〈Pussy Prints〉というヨーニ[訳注:ヒンドゥー教の女陰像]が繰り返し描かれる作品。それぞれのヨーニはすべて違うデザインなのだが、集団になるとキュートでアブストラクトな模様になる。「これで服を作ったらいいんじゃないですか」と私が言うと、「みんなそう言うのよ」と彼女は答えた。
紙とワックスクレヨン。すごく特徴的な香り。その棚に入って、紙からパルプを作れちゃうくらい
実際のレディ・スコリーもしくはローラ・ウィンドヴォーゲル(Laura Windvogel)は、自然児だ。おしゃべりでよく笑い、スキンヘッドでタトゥがある。とても温かみがあり、とてもクールでもある。彼女といると、すべてが前向きになるのだ。彼女は自分の作品について、私に話してくれた。絵画だけでなく、かつて制作していたセックス志向のラジオ番組や、自身がエディットしていたZINE『Kiss and Tell』、それに彼女主催のセクシャルな話題を共有するパーティから派生した〈Kaapstad Kinsey〉のことも。また、貧しい地域に住む若い女性に権利やセックス、社会正義について啓蒙するなど、その活動の範囲はさらに広いところまで伸びている。
ケープタウンで育った彼女は、母親がフルーツの虜となっている傍らで、自らの悦びをアートに見出していた。絵を描く道具が喉から手が出るほどほしかったという。手に入らないがゆえにその欲求は増し、軽微な窃盗を犯すまでになった。「物質における社会的制約に常に挑戦し続ける子供だったのよ」と彼女は笑う。
彼女はアートスクールの特別教育を受けることになったのだが、絵画道具の棚に近づいたときの恍惚感を今でも鮮明に覚えているという。「紙とワックスクレヨン。すごく特徴的な香り。その棚に入って、紙からパルプを作れちゃうくらい」記憶をたどりながら彼女は言った。「特に文房具とクレヨンの香りは、私にとって目覚めたばかりのころのアート愛と同じような意味を持っているの」
今そのことを考えるなんておかしいわね、と彼女は付け加えた。というのも、ヨハネスブルクのカバン工場にある彼女の現在のスタジオは、ビルの中で唯一香りのしない場所だからだ。「だって私は絵の具しか使わないから」と彼女は言う。「アーティストでいるのってすごく感覚を使うことだけど、私、自分の手が汚れるのがすごく嫌いなのよ。だから粘土や立体作品が全然魅力的に思えないの。怖くなっちゃうくらい。油彩もイヤ」彼女は自分の表現方法を綿密に選んだ。香りがしないものを。
次に私たちは、彼女が好きな感覚についての話をした。ヴェルヴェットの肌触り、凍ったブドウを食べること(「やってみて、ぜったいハマるわ! 口の中で弾けるのよ。とてもすごいんだから」)、洗濯をするときの香り、毛深い男性。そしてもちろん、セックス。彼女の作品の中で、それはとても鮮明で楽しげで、そして赤裸々に描かれる。「私が言いたいのはクレイジーでリベラルになることなんだって、多くの人が思っているんでしょうね」。そう彼女は話す。「性の快楽を説いてるんだって思ってるかもしれない。でも、ただ外に飛び出してセックスしろって言ってるわけじゃないの。自分を力づけ、その身を守り、自分らしくさせてくれることをすべきだって言っているの」。
「おもしろいことに、私が作品を通して表現できるのは“強く速く今イかせて”式のセックスだけなんだってみんな思っているわ」と彼女は言う。「私たち女性はセックスに関していろいろな段階や層を持っているわ。だからこそ、そこからインスピレーションを得るのがおもしろいのよ。女性アーティストには、物事を1つの面からだけ見てはいけないということを人に伝える使命があるの」。
彼女はまた、直感に従い悦びを追い求めること(アーティストでいられる自由)と、作品制作における決まり事とのあいだに張り詰めた緊張感についても話してくれた。これは作家として成功すればするほど現実味を帯びてくる。友達がみんなアフリカの夏真っ只中のビーチで昼間から酒を飲んでいるというのに、彼女には展覧会の準備があるという具合に。これをどうにかする技を彼女は持っているというのだ。
決まり事っていうのは、常に悩ましい問題なの。若いときからよ
今年30歳になる彼女はそう話す。「座っていられないんだもの。子供のころ、周りは私にADHDの薬を飲ませたがったわ。でも母が嫌がったの。だからハーネスをつけられてた」。家族で出かけるときは母親が綱を握り、彼女がどこかへ行ってしまわないようにしていたのだという。そしてその裏に興味深い感覚についての記憶が眠っていたのだ。
「SMプレイ用の首輪やなんかをたくさん持っているの」と彼女は話す。「みんなそれはセックス用だって思うんだけど(まあ5%くらいはそうかもしれないけど)、これをつけていると落ち着くの。決まり事を切り抜けるための道具よ」。慣れ親しんだこの緩やかな拘束は、彼女を制作に向かわせる一助となるのだ。そしてまた「これをつけると大人になった気がするの」と彼女は言う。「ハーネスをつけているときは、イヤでも大人と一緒にいたから。いつもより慎重でいなければいけなかったの。だから展覧会に向けて制作しているときは、首輪をつけるのよ」。
今、彼女の作品はさらにファン層を広げている。自分の作品から何を感じ取ってほしいのだろうか。「ちょっと落ち着かない気分になってほしいわ」と彼女は答えた。「人が私の絵を最初に見たとき、笑い出すのが好きなの。よくあるのよ。そして、ありとあらゆる方向から、私の思考にどっぷり深く浸ってほしい」。では、その思考には何があるのだろうか。スコリーは「錯乱状態だって感じるはずよ」と笑いながら、何かを楽しげに暗示させるバナナにサッと色を塗ったのだった。