都内某スタジオ、ギター片手にマイクに向かう、赤い髪の後ろ姿。新世代ロックユニット、GLIM SPANKYのヴォーカル兼ギター・松尾レミだ。きりりとした眼差しで一心に、鏡に映る自らを見据える。彼女の音楽に対する姿勢、語り口はいつだって正直で、いつだって本気だ。全国、いや全世界のキッズたちに向かって歌われる熱いメッセージソングは、聴く者の魂に触れ、消えかけた情熱に火をつけ、そしてなにより、音楽の素晴らしさを改めて実感させる。畏敬の念を抱いてしまうほどの歌唱の瞬間とは裏腹に、ひとたびギターを置けば、笑顔を向けながら周囲のみんなに心を配る姿が印象的だった。
松尾レミと亀本寛貴の男女2人による音楽ユニット、GLIM SPANKY。松尾のハスキーで力強いヴォーカルと、亀本のロックでブルージーなギターサウンドで、古き良きロックサウンドをベースとしながらも、今の世代感を反映させた独自の音楽を鳴らしている。これまでにリリースされたアルバムに並ぶ楽曲のほとんどがメッセージソングであることも、バンドの特徴だ。子供から大人、そして目の肥えた専門家まで、幅広い音楽ファンに受け入れられ、同業者や業界の重鎮たちからも一目置かれる存在となった。
彼女にとって音楽は、実は“2番目”だった。物心ついた頃、最初に夢中になったのは“描くこと”だったという。音楽好きの父に育てられた彼女だが、父よりも先に祖父の影響を受けたという。
「祖父は、郵便局長を務めながら、日本画家としても活躍していました。地元の役所や行事のために、挿絵や掛け軸を書いていたんです。私も保育園に入る前には、日本画用の岩絵具と筆を持っていました。描くことが私の創作の原点なんです。」
とはいえ、家では常に音楽がかかっていた。小学校では、日本の伝統芸能である詩吟を習い、週末はゴスペルを歌いに教会に通う日々。最も身近にある存在だからこそ、音楽をあまり意識することがなかったという。
「中学生の頃ですね、友人たちと同じようにBUMP OF CHICKENなどの日本のロックを聴き始めたのは。と同時に、The White Stripesなどの洋楽も聞くようになります。これは後々、掘り下げて聴くようになってから気付いたことなんですが、The White Stripesは1950年代のブルースやロック、1970年代のLed Zeppelinらに影響を受けていて、BUMP OF CHICKENは、The Rolling StonesやThe Beatles、The Whoらに影響を受けて音楽を始めた。そう考えると両者がつながるんです、ロックという土台の上で。」
ひとたび音楽にのめり込むと、あとは無我夢中だったという。父から大量のレコードを譲り受け、高校に入るとすぐにバンド活動を始める。曲作りもスタートさせ、高校2年生のときには「焦燥」という曲ができあがる。この一曲が、メジャーデビューミニアルバム『焦燥』のリード曲となった。
「もともと、絵を描いていたので、筆がそのままギターに変わったような感覚なんです。たまたま、今自分がギターを持っているから音楽として形になっているだけで、彫刻でもいいし小説でもいい。音楽はひとつのアートフォームであって。幼い頃から慣れ親しんでいたことは大きいとは思いますが、それでも、“選び取った”という感じではない。気付いたら音楽だった、そんな実感ですね。」
そう言葉を選ぶ彼女だが、音楽に対しては並々ならぬ情熱を持っている。そして、いまの音楽シーンを背負って立つ覚悟がある。彼女自身、さまざまなインタビューで「命を削って歌っている」と語っている。たとえ音楽じゃなかったとしても、彫刻だろうが小説だろうが、彼女は命を賭して勝負していたはず、彼女の資質がそうなのだ。
「本気で歌えば伝わる。逆に言うと、本気で歌わないと伝わらない。例えば『愛している』という言葉って、歌いようによっては、嘘臭くもなるし、心に強く届く言葉にもなり得る。歌う側が、本当に心の底から歌えば、嘘にならずに届くと思っているんです。歌詞がたまたまそこにあるから、という感じで歌うと絶対に伝わらない。この話は、とある作詞家の方から教えていただいたことでもあるんです。それがメジャーでもインディーズでも関係ない。その作詞家の方のおかげで、メジャーの世界に入って本当に良かったと思えています。『あなたの歌は強いから。クサい言葉だろうが絶対に伝わるよ』って。そのときに気付くことができました。ああ、すべて私次第なんだって。」
GLIM SPANKYの音楽世界は、大きく分けると2つある。ひとつには、『褒めろよ』や『怒りをくれよ』といった曲に代表されるような、現実世界でサバイブするための抒情詩。もうひとつは、非現実的で幻想的な歌詞が炸裂する物語世界を歌ったもの。どちらの作曲・作詞法も彼女ならではだ。
「前者だと、感情のタンクが限界を超えたときに、歌詞がわぁーっと溢れ出る感じ。例えばプールに潜って、「苦しい! もう限界!」って水面から顔を出して「ぶはっ」とする、その感じ。感情が溢れ出すことで、曲ができるんです。一方で、非現実的な世界を歌う場合、まず自分の脳をトリップさせます。部屋の照明を落として、お香を炊いて。その前には、マックス・エルンストやベルナール・ビュフェらの幻想的な画集を眺めたり、澁澤龍彦らのシュールレアリスム文学を読み耽ったり。頭の中で作り上げた幻想世界に身をゆだねて、その世界で自分を歩かせて、言葉を紡いでいきます。」
独自の方法論で創作をおこなう彼女だが、感覚を研ぎ澄ませる上で特に重要なのが、「香り」だという。
「私にとって、香りは曲作りにかなり影響します。インドの香木である白檀はオリエンタルでサイケデリックな気持ちにしてくれるので、ロックテイストの強い曲を書くときに用います。穏やかで優しい気持ちを保ちたいときは、地元の長野にあるオーガニックハーブショップで買ったオリジナルのオイルを焚きます。香りは、創作のスウィッチを入れるきっかけになりますね。」
GLIM SPANKYというバンド名は、グリム(GLIM=英語で灯火の意)とスパンキー(SPANKY=英語で平手打ちの意)を組み合わせて名付けられた。グリムという言葉は、妖精という意味も併せ持つ。
「幼い頃から、ケルト文学に代表されるような妖精文化を、本を読んだりしながらずっと研究してきました。そういった幻想的な世界と、スパンキーという攻撃的な言葉。後者には、日本の音楽業界に一発殴り込んでやろうという想いが込められています。」
そのため、彼女は日本語で歌うことに特別な思いを持っている。
「ビートルズは、取り繕うことなく自分たちならではのイギリス訛りの英語で、堂々と歌った。その結果、世界に広く受け入れられたと思うんです。だから私たちも堂々と日本語で歌う。日本語がロックに向いてようがなかろうが、私たちにとって一番得意な言語が日本語なので。」
「デビュー当時から言い続けていることがあって。それは、日本に向けて歌っているんじゃなくて、世界に向けて歌っているんだということ。今年は台湾での公演も控えています。“アジアを代表するバンドといったらGLIM SPANKYだよね”って世界で言われるまでになるために、これからも歌い続けたい。日本人としての誇りを持ちつつ、世界を舞台に活躍するのが生涯かけての目標ですね。」
彼女の座右の銘は、『NEXT ONE』。この言葉は、2016年に発売された彼女たちのセカンドアルバムのタイトル名でもある。喜劇王チャールズ・チャップリンが、あなたの最高傑作はどれか?問われたときに語ったとされる言葉で、「最高傑作は、常に次回作だ」という進取の精神を表している。彼女もそうありたいと願い、文字通りの“最高傑作”が生まれるまで、その姿勢は変わらないだろう。
「キッズみたいに、ずっとワクワクしていたい。常に前を向いて歌っていたい。焦りもあるけど、バンドを始めた頃の夢を絶対に叶えたいから。」
松尾レミ/(www.glimspanky.com)1991年長野生まれ。ロックユニットGLIM SPANKYのヴォーカル兼ギター。ロックとブルースを基調にしながらも、新しさを感じさせるサウンドを鳴らす。2014年にメジャーデビューミニアルバム『焦燥』を、2015年には、ファーストアルバム『SUNRISE JOURNEY』を発表する。2017年4月12日には、最新ミニアルバム『I STAND ALONE』を発売する。