カンボン通りからペッカム・ライへ

エス・デブリンとキュレーター ハンナ・バリーがエバ・ワイズマンと会う

舞台デザイナーのエス・デブリンは、光と鏡を用いて空間を切り開く。ビヨンセのコンサート、オリンピックの開会式、ロイヤルコートでの小さな式典・・・どんな作品であろうと、観客はただ単に劇場に座っているだけでなく、彼女の創ったアイデアの中にいることに気づく。今回、彼女は彫刻の公園「ボールドテンデンシー」の創設者ハンナ・バリーと、サウスロンドンのアートシーンとともに、ペッカムブッシービルで共作をする。ひとつの倉庫にはジムが、もう一つにはコーヒショップが、そして3番目の倉庫にはデブリンの1,100平方に渡る、ドキッとさせるような鏡のインスタレーションが設置されている。彼女の会話の中には、ルネサンスの芸術家や現代の哲学者と共に、カニエ・ウェストといった名前もあがる。- 現在、デブリンの元で働いているインターンは、ラジオ番組のホストであるニック・グリムショー。その違和感は、彼女の舞台デザインとよく似ているー刺激的で感動的。少々、フラつくけれど。

HANNAH BARRY(以下、HB): エスは、私が出会った初めての舞台デザイナーだった。わたしは視覚型の人間なので、彼女の近くにいるだけでとても刺激的。大げさにいっているのではなく、本当に自分の作品について考えるときの視野が広がったと思う。

ES DEVLIN(以下、ED): 本当にインスタグラムを始めたのが遅かったの。それがちょっとした入り口だった。フォローしているアカウントの中には、NASAとかロボット技術者もいれば、陶芸家や木工師もいる。私が作業している時は、その情報すべてが私の頭の中でガタガタと音を立てて回っているの。

HB: あなたは、並行してとてもたくさんのプロジェクトを行っているわね。

ES: そう、とても忙しい。でも、毎晩子供を寝かしつけ、朝には学校へ送る。それに、あまり寝なくて良いときも時々あるの・・・ 私がひとつのことにだけ集中すると、すべてのエネルギーがそこに注ぎ込まれて、ひとつのプロジェクトだとそのエネルギーを支えきれないことが分かったの。実際、一緒に働いている人達は私と仕事をするのは最初のほうだけで、後はお任せしてあげたほうが良いみたい。ディレクターに「お願いだから黙ってちょうだい。」と言われたこともあるわ。

EVA WISEMAN(以下、EW): 2人はどうやって出会ったの?

HB: 私たちは、Phil Faversham(フィル・ファバシャム)という人を通じて出会った。その人は「きっとエスのことを気にいると思うよ」と私に言ったの。その時に「偶然ね、彼女に関する記事を読んだばかりなの。」って。その記事は、私がいつも舞台セットについて話しているから友達が教えてくれた記事だった。Tadeusz Kantor(タデウシュ ・ カンター)に夢中で、彼と同じ世界の人にとても会ってみたかった。演劇よりもオーケストラの舞台デザインをやりたいと夢見ていたのもあって、エスとのペッカムでの出会いはとても素敵な瞬間だった。彼女は私のアイコンのひとりとなったわ。

ES: それから、ハンナは大きな倉庫を探すのを手伝ってくれたの。私の持っているたくさんの幸運の多くはギャラリーの中で起こっていた。みんなが反応する作品は、草間彌生のインフィニティミラールームのようにあなた自身が主人公になれる作品であることに気がついた。ロサンゼルスでは、建築家が階段やエスカレーターをデザインしていたり、例えば、それが灰色の粘土と石炭の中を通過するエスカレーターとか、ロバート・テリアンの、あなたがとても小さく見える、スケールの大きいテーブルと椅子があったり。そういった中で自分自身の写真を撮ることができれば、作品の中で主人公になれる。ある種のアルブレヒト・デューラースクールの自画像のクラス。とてもワクワクすることだと思うの。人々は、このことを経験することで、その環境の中で自分達の写真を撮るということ以上には深い意味はないけど、自分を発見するという使命があると望んでいると思う。

実際、一緒に働いている人達は私と仕事をするのは最初のほうだけで、後はお任せしてあげたほうが良いみたいなの。 – エス・デブリン

HB: 私たちは21世紀というそれぞれが経験を共有することができる時代に生きている。偉大な芸術作品は、あらゆる意味で記憶に残る作品よ。インスタグラムで人気者になるためには何かが欲しいかということでないけれど、その性質についてなの。

ES: でも、アイデアの流れを考えるとそれぞれのアイデアは、その前のアイデアの上に立っている。だけれど、今ではそれがどれだけ早く去ってしまうか考えてみて。何らかの絵画を持って海を渡たる前に死んでしまうような14世紀の世界まで遡ってみると、それらのイメージが広がるのにどれほどの時間が掛かっているのかを。今ではどれだけ早く、こうやってイメージが作品を作る人に注ぎ込まれているのか、いかに私たちがきちんと芸術家の集団として動いているのかを考えてみてほしい。

EW: 5年前に、ペッカムにインスパイアされたシャネルの香水を想像できた?

ES: 正直、5週間前でも想像できなかったわ。

HB: ここには、可能性に溢れた空気が流れているの。ペッカムのこのあたりでは、物作りに対して温かく迎えてくれる。

ES: ロンドンは、私も信じられないくらい次から次へと同時多発的にいろんなことが起きていて、絶えず驚きと感激があるけれど、その文障害物も多い。ペッカムは逆に未開の地だからこそ、あらゆることが起こりえる街よ。

EW: 終わりを感じるということ?ロンドンのことが心配?

HB: 私たちには、今ある様々な問題に対してクリエイティブな解決方法を見出す義務がある。10年前にあった問題とはまた別の方法でね。Bold Tendencies(ボールド・テンデンシー)の役目は、今ある問題に対して、勇気を持ってクリエイティブに取り組んでいくことだと思う。

ES: シャネルとここにきて、このイベントにインスパイアされた香水を作ってもらうことで、起こりうるかもしれない科学変化にとても興奮しているの。

HB: あなたによって、シャネルをこの場所へ迎えられたことにとても興奮しているの。これは、どちらかの一方の話ではなくて、この異なる2つの要素が出会ったことが大事なの。BBCが私たちのところにきて、私たちのオーケストラの舞台を気に入って、アルバート・ホールの外のラジオ3で生のパフォーマンスをやって欲しいと言ってくれた時と同じ感覚。これは21世紀の印。真のコラボレーションとは、お互いに勇気をもって信頼しあうということだと思うの。

ES: 空港の免税店でシャネルに立ち寄らないような人たちが、この空間に来て何かを発見し探求することになって、次にシャネルのロゴを見た時に、少し異なる視点でシャネルを見れるようになると思うの。

HB: どんなことでも見逃すべきではないと思う。すでに知っていると思ってしまうから、人々はあらゆることを見逃してしまう。アートキュレーターのHans Ulrich Obrist(ハンス・ウルリッヒ・オブリスト)は、知っていると思うことをさらに探索していくことを教えてくれた人。そうすることで、私たちが求めているような驚くべき・革新的な結果に結びつくの。

HB: 旧約聖書について考えたことある?ヨハネの黙示録は? シュジェール(Abbot Suger、12世紀フランスの宗教家、政治家、歴史家でありサン=ドニ修道院長)とクレルヴォーのバーナード(Bernard of Clairvaux、12世紀フランスの神学者、イングランド国教会とカトリック教会の聖人であり、33人の教会博士のうちのひとり)のように、人々は、神を讃える神ために宝石や十字架の宝飾を追求することと純なる光とで議論し合う。

ES: そうね。鏡の表面に反射されることよりも、むしろガラスの表面を通ってくる光の方がおもしろいわ。

HB:  ”鏡に映して見るように光をおぼろげに見ている”の引用ってなんだったかしら?とても素晴らしいイメージ、 コンサートでそれを感じることができると思うわ。


ここには、可能性に溢れた空気が流れているの。ペッカムのこのあたりでは、物作りに対して温かく迎えてくれる。 – HANNAH BARRY

ES: 最近、私が育った近くのチュードリーにある、10代の頃に通っていた教会の窓はマルク・シャガールによるもの。海で亡くなった21歳の少女サラの慰霊碑として、父親が彼女のヒーローであるマーク・シャガールに懇願し制作してもらった、シャガールの最初のステンドグラス作品なの。制作した後も20年間を費やし残りの部分を作っている。外からは、窓は黒く見え、太陽の光が外から中へグラスを通ってくる際、それらの物語の衝撃を、光の演出によって語られるの。

HB: シュジェールの話はとても興味深い。神を称えるための最良の方法について、2人の僧侶たちの間で争いがあった。ひとりは、それが光の純粋さで、白い建築物、大きな空間を通じてといい、もうひとりは、ちょっと変わった装飾、神の崇拝とルビーやサファイア、金とステンドグラスの窓からといったの。

ES: 私は44歳で、まだ人生の半ば、訓練の半ばにいるけど、私の作品が全て同じことについて語っていることに気がつきはじめたの。キャンプファイヤーの周りに集まって物語を語るという、人間の根本的な儀式。18,000人の競技場に立ち、その上にビヨンセとともに一緒に光を放つキューブがあり、彼女には物語を伝えるイメージがあった、私はそれと同じことを感じたのだから私はその考えに対して動き続けていたいと思ってる。

HB: その、集まるというアイコンとして、この火のアイデアは好きよ。あなたが話している時、キャンプファイヤーの絵文字について考えていたわ。

EW: そして、物語が光を必要とするアイデアね。

ES: 私は、カニエやビヨンセと一緒に座って、私たちが本当に必要なものについて考えた。まず、光は必要よね、と私が言ったらカニエが「本当?じゃあ、僕らのショーは光なしでやる?」って言うかもね。

EW: そんなに抽象的なの?

ES: そう、ある人たちにとってはね。だって失うものは何もないから。その時点で残されているのは、真実を探すこと。他のすべてのことはすでにやり尽くしている。その野心の動力は30代半ばで枯れ、そして次の質問へ行き着くの。”次はどこに行こうか?”

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