ジル・ケニントンが見てきたもの

60年代を代表するモデルとして活躍し、その後フォトグラファーに転向したケニントン女史。時代の顔となった経緯に思いをはせながら、彼女は今、自伝の執筆に勤しんでいる。

現在74歳のジル・ケニントン(Jill Kennington)。フォトグラファーになる以前の彼女は、イギリスを代表するモデルの1人だった。『ヴォーグ』誌の表紙を3度飾り、デヴィッド・ベイリー(David Bailey)やジョン・コーワン(John Cowan)、テレンス・ドノヴァン(Terence Donovan)、ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)、リチャード・アヴェドン(Richard Avedon)といったフォトグラファーの被写体となってきたのだ。特にコーワンとの仕事が有名だが、あまりにも輝かしいその経歴ゆえに、スウィンギング・ロンドン時代の殺人事件をテーマにしたミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)の映画『欲望』へのカメオ出演をも果たすことになる。公開から半世紀が過ぎた今、その作品はファッション映画史において最も影響力のある映画の1つとなった。

『欲望』はスウィンギング・ロンドン時代を忠実に再現していますか?

いいえ、ぜんぜん! そもそも、私はつまらないマネキンみたいにただ突っ立っていることなんて決してなかったわ。映画とは違ってね。みんながバカみたいにしていなきゃならなかったのも、実際の現場とは大違い。それに、スタジオのバックドロップの前で素っ裸になる女の子もいなかった。でもわからないわね。私は超一流のフォトグラファーたちと仕事をしていたけど、中にはそんなことをした子もいたのかもしれない。私にはわからないわ。あれは映画監督の空想の世界よ。あの時代のロンドンを忠実に再現した作品ではなくて、ミステリー映画なんだもの。

『欲望』の一部はデヴィッド・ベイリーの生活からインスパイアされたそうです。彼と仕事をするのはどんな感じでしたか?

ベイリーは一度も私の最高の部分を引き出すことができなかった。彼とはちょこちょこ仕事をしたけど、そんなに頻繁というわけではなかったわ。モデルの依頼にイエスって答えることもあまりなかったし。だってほかの人と一緒に仕事をしたほうがうまくできるってわかっていたから。彼にはいつだってミューズがいたから、一番いいポジションはいつも別の子にとられちゃう。だから、ごめんね、デヴィッド、そんなわけなのよ。

センシュアルな作風が有名なヘルムート・ニュートンとたくさん仕事をしていますよね。彼との仕事はどうだったのですか?

彼は最高だったわ。物語に沿って撮影を進めるの。すごいフォトグラファーよ。SM風の写真を撮り始めるとうんざりしたけど。夜に、街灯のもとでレザーコートを着て立っているんだけど、コートの前を開くとなにも穿いていないとかね。そういうのは、私、特に好きじゃなかったから。たぶん、リンカンシャーの田舎できちんと道徳的に育てられたからでしょうね。どうしてもやる気にならないこともあったわ。私向きじゃなかったの。終わってしまえば和やかなんだけどね。彼とは15年くらい仕事をして、素晴らしい写真をつくりあげたわ。

自分自身にも作品に対しても、私はずっと正直であり続けてきたわ。だから、そこに虚構ではない真実が生まれるの。

『欲望』の名シーンの1つといえば、ヴェルーシュカ(・フォン・レーンドルフ、Veruschka von Lehndorff)がフォトグラファーの体の下で身悶えする場面です。あなたたちは友人同士だったのですか?

ヴェルーシュカとはとても親しかったわ。すごく気が合ったの。『欲望』を撮る前に、1ヶ月間、一緒にアフリカ旅行に行ったのよ。焚き火を囲んで、たくさん語り合い、笑い合ったわ。映画の撮影のときもね。アフリカに行ったとき、こんなことを思ったのを覚えているわ。「やだ、ヴェルーシュカって185cmもあるのね。彼女のそばにいたらチビに見えちゃう」。でもうまいこと切り抜けることができたわ。どうやったのかわからないけど。私たちの違いが受け入れられたのね。

カメラの前でセンシュアルにふるまうのは問題ありませんでしたか?

センシュアリティを持っているというのはステキなことよ。自分がちょっとおもしろいものを持っているのはわかっているわ。危なすぎとかセンシュアルすぎるとか、よく言われたり教えられたりしたもの。私たちの時代は、そういうことに関してずっと厳しかったから。今は心のままに、好きなだけセンシュアルになれるでしょう。すごくゴージャスだと思うわ。センシュアリティっていうのは、最近のハードでセレブ的なものとは違うのよ。センシュアルってステキな言葉だと思うわ。大好き。

当時、どのように地に足をついた生活を送っていたのですか?

虚栄心とかエゴがないから。自分をよく見せようとは思わないの。そういう見せかけって、とっても危険よ。

皆が望むようにふるまうのは、きついことでしたか?

そうね。70年代の後半にイタリアに住んでいたの。まだ引退を考える前のことだけど、ピラニアに襲われているような気がし始めていたわ。みんなが私を求めていたけど、それに疲れてしまったのね。常に強く求められ続けるというのは、素晴らしいことではないのよ。

自分をよく見せようとは思わないの。そういう見せかけって、とっても危険よ。

記憶にある中で、もっとも危険だった撮影のことを教えてください。

北極で、ギシギシいってる氷の上に横たわったときね。音を立てている流氷をコントロールすることなんてできないから、とっても怖かったわ。でも、たとえ死ぬ2分前だったとしても、それまでに終わればまったく問題ない。ちょっとヒヤッとすることは何回かあったけど、危険すぎることはなかったわ。

60年代は快楽主義的な時代でした。そんな生活を楽しんでいましたか?

いいえ。変に聞こえるかもしれないけど、私はクリーンだったから。今のように年をとってから誰かに「何かやり残したことはある?」と聞かれたら、そうね、時間がなくて本当のヒッピーになれなかったことかしら。当時私が力を注いでいた雑誌の撮影という仕事があったら、ドラッグなんてやってられない。実際、ドラッグをやってる人間とは付き合ったことがないわ。

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