バンドGossipのフロントとして、“過去20年でもっとも恵まれた声を持つ”と絶賛され、デビュー以来、抗いがたい存在感でアイコンと名高いベス・ディットー(Beth Ditto)。2作目となる自身のファッション・コレクションを携え、彼女はいまロンドンにいる。高級ホテルの一室、背もたれのついた長いソファにもたれている彼女は、ふっくらとしたドレスを着ている。ドレスには、大きなまつ毛プリントがいつものように施されている。彼女のおしゃべりには勢いがある。楽しそうに繰り出される言葉遊びも相まって、話は方々に飛ぶ。眠っているときでも喋り、声を出して笑ったりするのだそうだ。「内向的になんて絶対になれない」と、彼女は強いアーカンソー訛りで笑う。「たまに、自分でも喋ってることに気付かず、喋っているときがあるの。喋りすぎてイヤになるときもあるわ」。
正直に言うと、私はディットーのおしゃべりを一日中でも聴いていられる。一緒にいて楽しいのだ。明確な着地点に向かい、ウィットを織り交ぜて繰り広げられる話には、いつでもきちんと軽い冗談とオチがつく。2006年、『Standing In The Way Of Control』をひっさげてデビューしたとき、ディットーとGossipのメンバーは音楽界とファッション界に一大旋風を巻き起こした。2012年、ポップスの影響を前面に出したアルバム『A Joyful Noise』発表とともに解散してしまったGossipだが、ディットーは解散前の2011年に自身の名を冠したエレクトロポップのソロEPを発表し、そこからはSimian Mobile Discoからジャーヴィス・コッカー(Jarvis Cocker)、デビー・ハリー(Debbie Harry)に至るまで、名だたるアーティストたちとジャンルを超えたコラボレーションを行なってきた。来年、ディットーはデビュー・アルバムを発表するという。あの声を前面に押し出した、カントリー調の傑作になるという。「たぶん4月ぐらいにリリースされることになると思う」とディットーは言う。「私自身はすごくよい出来だと思ってるんだけど、なにせ私は一般的な趣味がよくわからないから、どう評価されるか全く想像もつかないわ」。その感覚のずれを証明するべく、ディットーは、Gossipが2009年アルバム『Music For Men』からファースト・シングルとしてリリースした『Heavy Cross』にまつわるエピソードを教えてくれた。『Heavy Cross』は、ドイツで27週にもわたってトップ10に居座り、現在でも“もっともヒットした海外の曲”としてドイツで記録を保持している。だが、彼女は当初、「『Heavy Cross』はアルバムから外そう」とレーベルやバンドメンバーに、文字どおり懇願したのだそうだ。「1989年にデビッド・ハッセルホフ(David Hasselhoff)がヒットさせて東西ドイツ再統一のテーマソング的存在になった『I’ve Been Looking For Freedom』よりも、あのマイケルのあの『Thriller』よりも売れたのよ!」とディットーは叫ぶ。「そんな曲を、私は駄作だと思ってアルバムから外すよう主張したの。アーティストの感覚なんて絶対に信じちゃダメよ!」。しかしそれでもディットーは自身のデビュー・アルバムには自信をのぞかせる。このアルバムには、ようやく彼女が真に受けてきた音楽的影響が色濃く滲み出ている。「私はこのアルバム、とても良い出来だと思うし、オリジナルでありながら、Gossipの世界観も良い具合に含んでいると思うの。レコーディングしながら、自分がいかにGossipで大きな役割を果たしていたかがわかったわ」。
ディットーはこれまで一貫して自らの容姿に関して自信を持ってきた。特に、有名になりGossipの成功が誰にも否定しようのないものとなる頃には、雑誌『NME』や『LOVE』の表紙で裸体を披露したり、『The Guardian』紙で体型に関するコラムを書いたり、2009年にはハイストリート・レーベルのEvansとのコラボレーションで大きめサイズの女性のためのカプセルコレクションを制作するなど、彼女はその体型でひとびとの意識を変えるべく積極的にそれを前面に打ち出すようになった。そして今年初旬、ディットーは自身のブランドを立ち上げた。大きめの服を求めて古着屋を巡ったり、自分の体型に合う服を自作するなど、これまでディットー自身が強いられてきた苦労を、世のプラスサイズ女性がしなくてもよいようにという思いからだったという。
デビュー・コレクションは大きな成功を収めた。しかし、今回の第2作目は、前作からより進化し、ブレを感じさせない作りになっているように思える。「今回のコレクションでは、『なんでもかんでも自分でやってしまわない』ということを学んだわ」と彼女は言う。「ひとが作ってくれたものを見て『いいわね』と、自分のブランド名をつけて売る——私は絶対にそんなブランドの在り方はイヤだし、ものづくりの工程にはすべて参加していたいの。でも、最初のコレクションではあまりに自分でなんでもかんでもやりすぎてしまって、自分でも何がなんだかわからなくなってしまった。そこで今回は、まず全面的に信頼できるひとを従えて、そこからものづくりの工程を始めたの」 その“信頼できるひと”とは、長年にわたりディットーのスタイリストを務めてきたフレデリック・バルドー(Frederic Baldo)だった。そして、出来上がったコレクションの広告キャンペーンでは、スタイリングにチャールズ・ジェフリー(Charles Jeffrey)、カメラマンにはハンナ・ムーン(Hannah Mon)を起用し、モデルには素人を起用した。「すべてをみんなで一緒に作り上げたの。すっかりプロが作ったみたいな世界観になってるでしょう? 私はデザイナーじゃないけど、自分は何が好きで何が好きじゃないかはよく分かってるの」。ブランドを立ち上げたいという人々へのアドバイスは? 「全面的に信頼できる人と一緒に始めるということかしら。それと、ためになりそうな文献はできるかぎり読むこと。その道のプロが言うことはオープンな心をもって真摯に聴くこと。まずはビジネスというものを学ぶこと。私はそれを全部逆の手順でやってしまったの」。
ディットーは言葉好き。言葉の意味に新たな次元を作り出すこともしばしばだ。そんな彼女にとって、ファッション界に溢れる高慢で奥行きのない言葉は笑い事でしかない。例えば、自身も含め、ディットーの服を着てくれるひとびとの話をする際には「flattering(引き立てる)」を「flatulence(ガスが溜まる)」、「slimming(着やせ効果)」を「slimy(ネバネバ)」、「tailored(仕立て)」を「Taylor Swift(テイラー・スウィフト)」などと置き換えて笑い飛ばす。「そういう難しい言葉の意味に、新しい次元を作り出したい。そんなことができたら素敵だと思う。言葉が好きなの。『flattering』なんて、たぶん本来の意味も知らないひとがほとんど。ほとんどの人は、『slim』と同義語だと思ってるはず」。
ディットーは、自分の服を着る人々には、イキイキとしていてほしい、と考えている。ミステリアスに個性を引き立ててくれるから、などという刷り込みを信じ込んで黒ずくめの服を着るなどもしてほしくないそうだ。ディットーの服は、ディットー自身を体現するかのように、目を惹き、大胆で、そして誇りに満ち溢れている。また、ディットーの服はメイクアップに深く関係している。ディットー曰く、メイクアップはプラスサイズ女性にとって大きな意味を持つ世界なのだそうだ。「体の大きな女性にとって、これは私が女性側の偏った立場だからというのもあるのかもしれないけど、メイクというのはとても大事なの」と、ディットーは突如シリアスになって言う。「服と違ってメイクにはサイズがない。私たちは、好きな服が着れなくても、これまでメイクでなんとかしてきたのよ」。
過去10年でプラスサイズ女性に対する社会の考えは変わったのだろうか? 「大きく変わったと思う。ファッションウィークでコレクションを発表するブランドのレベルで変わったかどうかは分からないけど、ポップカルチャーやメインストリーム、ハイストリート・ファッションではプラスサイズが大きくクローズアップされて、受け入れられてきた感があるわ。アメリカでも以前、Evansとコラボレーションをしたときに、『セサミ・ストリート』のジム・ヘンソン(Jim Henson)が作り出したキャラクター、ミス・ピギーをTシャツにプリントしたいと言ったら、誰もが、誤解を生むんじゃないかと、私のアイデアに懐疑的な見方を示したことがあった。Evans側は、これを見たひとは、Evansがプラスサイズ女性をブタだと揶揄していると思うんじゃないだろうか、と心配したの。あの時代には、まだプラスサイズ女性が自分自身を恥と感じる傾向が残っていたんだと思う。今はそんな傾向はない」。ディットーは、そんな時代と社会の変化に大きく一役買ったと自認している。その特異な存在感と手法で、彼女は新たな姿勢と生き方を体現してきた。そして、自身のブランドを通して、その体現を続けていく。そんな彼女を、誰もが応援したくなるはずだ。