"彼の体もないのに香りだけつけたって、掃除機でキスマークを作るようなもの"
地下鉄でみんなに聞いてみて。会社で聞き回ってもいいし、親友にメールで聞いてもいい。枕にあなたの汚れて臭くなったTシャツを巻きつけて寝てもいいよっていう人はいた? たぶん答えはノーね。でも実はそれって、人がすることの中でも一番愛しい行為なの。恋人が出張でいなかったり、パートナーと別れたりした後の長い夜をやり過ごすため、その人の洗濯物で枕を覆うじゃない。そうすれば、匂いが消えてしまう前に持ち主の香りを嗅ぐことができるから。
彼と同じメーカーの香水を買ったり、デオドラントやコロンを部屋に巻いたりするのとは違う。だって、その匂いの魔法を生み出したのは、その人自身なのだから。彼の体もないのに香りだけつけたって、掃除機でキスマークを作るようなもの。タバコやウイスキーの匂いも、恋人の吐息に香るものと、パブで色目を使ってくる気持ち悪い男がこちらに向かって咳したときに匂うものは違う。どこかの女の子がつけてる香水だって、他の子は大嫌いかもしれない。
数ヶ月前に彼と別れたとき、すぐに洗濯カゴの中を引っかき回したわ。汚れたシャツがあったから、ベッドの中で一晩中しがみついていたの。まだ涙に暮れていて、彼との未来が想像できない頃だった。でも、彼のものが部屋からなくなって、写真も捨てて、友達がワインやケーキを持って訪ねてくれるようになったら、少し落ち着いたわ。そして、こうなるのが最善だったんだって気づいたの。ありとあらゆるものを掃除して、洗濯して、最後にあやしげな出会い系アプリをダウンロードしたわ。
完全にこっちの判断しだいになるのがおもしろいけど、すごいけど怖くもある。やだ、この人の服、キモいピエロみたい。疑問の余地なし。左にスワイプして消去。この人は、精神薬を使ったことのある女性はお断りって言ってるわ。消去。この人、紹介文の中でお酒やヒゲや猫についてけっこう語ってる。OK、了解。あなたはお酒に出会い、顔に濃い毛を生やす自分が大好きで、女の子は猫が好きってお勉強したのね。消去。
5分もチャットをすると、ベッドでは何を着ているかって聞いてきたり、今夜のオナニー用のポルノ写真をすぐに送らなかったら、堅物だと責められる。出会い系アプリって、アホを陳列するために開発されたんじゃないかと思っちゃう。でも、見込みのない人に対して横柄に接するのは簡単だけど、いいかなと思った人とチャットを始めるのって意外と難しい。ここにいる人たちのことはよく知らないんだってわかってなきゃいけないし、何度も思い出さなくちゃいけないから。心を乱す人が持っている言葉の訛りとか、笑い方とか、そういう空気のようなものは、こんなアプリからじゃ伝わらない。ましてや、匂いなんて。
"次なる出会いの場としてフェロモン・パーティがここ数年乱立しているのも、不思議じゃない。スワイプして消去の真逆ね"
洗剤やエアフレッシュナー、いろんな物質、食べ物、洗面用具、道具。そういういろいろなものの集大成が、汗やフェロモンに混じり合う。さらにそれが香水と混じり合い新しい匂いになって、首に鼻を押しつけたときに、こちらを虜にするってわけ。次なる出会いの場としてフェロモン・パーティがここ数年乱立しているのも、不思議じゃない。スワイプして消去の真逆ね。
まだ気づいていないみなさん、汚れたTシャツからは、こんなふうに関係が始まるの。終わるんじゃなくてね。LA方式を導入して、イギリス人も3日着て寝たシャツをジップロックに入れてパーティに行くといいわ。それでずっと交代でジップロックを嗅ぐの。うまくいけば、あなたのベッドの匂いが好きな人と出会えるかも。トリュフを探すブタみたいじゃない?
恋人を匂いで探すことの利点は、恋愛ゲームに脳を引っぱり出せるってこと。画面に出てくる顔を偏見とファッションを頼りに審査したり、音楽評論家がもらう暑苦しくてクサいバンドのバイオグラフィ(「コールドプレイとドレイクの夢うつつな邂逅」とかね)みたいに自己愛に満ちた紹介文を読むのとは正反対。目を閉じて、論理的に考えることはやめ、もっと深いところを探るの。音楽を聴くみたいに、人に耳を傾ける。汗の匂いに関しては、もったいぶっちゃダメ。感情がものを言う世界だから。
スマホを通して、恋人候補の匂いを嗅ぎ分けられればいいのに。そしたら、説明できない自分のあれこれを説明するために、かっこいい言い回しを考えたりしなくてよくなる。最後にはみんな同じようなことを言うんだから。気に入られようとして、旅行が好きとか、演劇が好きとかマントラを唱え始めるの。でも、誰かの匂いが好きになったら、それはもう恋に落ちてるってこと。特に、その匂いがすごくいい匂いじゃなくて、ちょっと臭かったりしたら。
くたびれて、汗にまみれ、カビと帰りに急いで食べたカレーが混ざった週半ばのスーツの匂い。それがどんなに素敵なものだったか気づくのは、いつもそれを失ってしまってから。それが恋というもの。そうじゃなきゃ、他人がオエッとなるようなものを恋しがるわけないじゃない。そうじゃなきゃ、汚れた洗濯物と一緒に寝るわけないじゃない。