シンガー・ソングライターでありプロデューサーでもあるマギー・ロジャーズ(Maggie Rogers)は、昨年、ファレル・ウィリアムズがニューヨーク大学で開催したマスタークラスに参加していた。ロジャーズがレコーディングした曲「Alaska」を聴いたファレルは絶句し、続いてロジャーズの才能を絶賛した。「こんなサウンド、聴いたことがない」と、夢見心地のファレルは目を輝かせて言った。「こういうサウンドは、僕にとってドラッグのようなもの」。この模様は映像として残され、やがてインターネットにアップロードされて、大きな話題となった。ファレルの心を動かした「Alaska」でひとつの伝説を築いたロジャーズは、フォーク音楽に受けた影響をにじませる楽曲を自然の環境音をふんだんに盛り込んでレコーディングし、EP『Now that The Light Is Fading』にまとめてリリースした。こうして、新たな音楽を作り出す新たな才能が世界に誕生した。
雨のロンドンで、ロジャーズに、アーティスト神話について、音楽を色として認識することについて、そしてビールの香りについて語ってもらった。
いつまでファレル・ウィリアムズの存在抜きにインタビューを受けることになるのでしょうね?
いつかはわたしの音楽だけでインタビューをしてもらえるようになりたいですね。とはいえ、ずっとこのままなのかもしれませんね。
「Alaska」の何がいったいファレルをあそこまで魅了したのでしょうか?
なんでしょうね。おそらく個人的に響くものがあったのではないでしょうか。音楽は、聴く者ひとりひとりの主観によって響き方が違うものです。ファレルが気に入ってくれたことは、もちろん、とても嬉しかったです。でも同時に、気に入ってもらえない可能性だって大いにあったわけですよね。これはわたしの音楽で、わたしは自分が良いと思う音楽を作っている——もしみんなも気に入ってくれるならそれほど嬉しいことはないけれど、気に入ってもらえなくてもいいのよ、というのがわたしの考えです。音楽って、そういうものですから。
自分の神話が築かれていくということを、あなたはエキサイティングなことと感じていますか?
私自身よりも、プレスの方々にとってエキサイティングなものなのだと思います。私は神話のように語られることを選んだわけでもなく、そう仕向けたわけでもないので、おそらくはプレスの視点から見たほうがエキサイティングな存在なのでしょうね。私にとっては、エキサイティングでもなくつまらないわけでもありません。ただ「そうなった」という流れでしかないのです。
アーティストに神話のようなものができあがっていくことに関して、あなたはどのように考えていますか?
そういうものに興味はないですね。わたしは、音楽が物語るストーリーと、そこに浮かび上がる真実に興味があるだけです。日記のようなものに興味があるんです。ソングライティングとジャーナリズムというのは、本質的には同じものです。そのふたつの間に唯一ある違いは、片方が詩で、もう片方が文章であるということ。誰もがストーリーを物語っている——それがソングライティングの素晴らしいところだと思います。わたしが書く曲のほとんどは、わたしの視点を反映したもの——日記のように曲を書くんです。もうひとりの自分という存在を打ち立てて演じたり、ミステリアスな虚像を打ち立てたりするより、何が実際に人生で起こったかに興味があるんです。
What I write is often from my own perspective and is a form of memoir
しかし、あなたの音楽が多くのひとびとの心を動かしたということは現実に起こっていることであって、虚像ではありませんよね?
それはとてもありがたいことなんですが、実際にはプレスがわたしをひとつの虚像のキャラクターとして描いているという傾向があるのです。たとえば——実際にはあのマスタークラスでファレルが涙を流したなどという事実はありません。プレスとしては、ファレルが涙を見せていたら、それほどの好材料はなかっただろうと思いますが、でも事実でないものは事実でないんです。
「ファレルが『Alaska』の制作に関わった」という誤解も、話題が拡大するにしたがって生まれた虚偽の情報だったということですね。
あれは完全に事実に反していますね。「Alaska」はわたしがひとりで作った作品です。与えられた宿題をあの日に提出・発表したというのが本当のところです。あの日にファレルが来るなどということも、撮影隊が来るということも、あの映像がインターネットにアップされるなどということも、あのときは知らなかったんですから。
では、ブレイクのきっかけについての新たな伝説をここで作り直してみましょうか?
やめてください(笑)。 起こったことに関してネガティブな気持ちはまったくないんです。あの日からここまで、まさに夢を見ているようですからね。あの日のことは書いてもらうべきだとも理解しているんですよ。だって、自分が世界に知ってもらえたのは、あの日があったからこそなのですから。当然のことだと思っています。ストーリーには始まりが必要で、わたしにとってはあれが始まりではないけれど、多くのひとびとにとってはあれがわたしというミュージシャンのストーリーの始まり部分なんですよね。“あのファレルの女の子”という存在として描かれるよりももっとアーティストとしてやりづらい状況はいくらでも世の中にある。わたしはファレルを心から尊敬しているし、計り知れないほどのインスピレーションを与えてくれる存在だと思っています。
「Alaska」のビデオを見ていると、あなたは明らかに音楽ブログやTwitterのフォロワー数、ひいてはインターネット自体よりも、大自然が好きなひとのように感じられます。
そのとおりですよ。メリーランド州の田舎町に育って、大学に入学するまではWi-Fiアクセスすらなかったんですから。いまだに自分のテレビを持ったこともないですし、携帯電話を持ったのもここ数年のことです。
実家を出るまではどんな少女だったのでしょうか?
走り回っていました。それとゲームもよくやりましたね。カード・ゲームです。本はよく読みました。そして音楽もよく聴き、自分で演奏もたくさんしましたね。
ビデオ撮影や写真撮影をしなければならない今の状況をどう捉えていますか?
写真は不思議な世界ですね。最初に経験した写真撮影は、昨年の7月、『Vogue』誌のものでした。『Vogue』に写真を撮ってもらえるなんて今でも信じられません。あの経験以来、多くを学びました——写真は写真家の作品ですね。ビデオ撮影は私自身も楽しめて、カメラの前でも自分自身でいることができますね。わたしが監督を務めたわけではありませんが、それでも監督と密接に、一緒に作り上げました。今後は自分で監督も手がけてみたいと思うようになるかもしれませんね。
自分で音楽を作るようになったころ、音楽的なインスピレーションとなったアーティストは?
両親は音楽にそれほど興味がなかったので、家で音楽に触れる機会はわずかしかありませんでした。クラシック音楽やフォーク音楽が好きで、チャイコフスキーやホルストをよく聴いていました。そこからボブ・ディラン、ニック・ドレイク、キャット・スティーヴンスをはじめとするフォークの大御所を聴くようになりました。高校生になると、インディー・ロック全盛の時代だったにもかかわらず、学校ではバンジョーを演奏しました。だから、ボン・イヴェールやグリズル・ベアといったアーティストたちのサウンドには感銘を受けました。大学へ進んでからは、ビョークやパティ・スミス、ベック、キム・ゴードン、キャリー・ブラウンスタインといったアーティストたちの音楽に出会い、その音世界に敬服しました。まったく違う世界観とジャンルで、まったく違った表現方法を打ち出しているのに、作品にはそのひとそのものが溢れ出るような、クリエイティブなアーティストたちですね。
育った懐かしの家を思い出させる特定の香りはありますか?
濃度の濃い塩水の香りですね。それと、茹でたカニにかけるスパイス、オールド・ベイ(Old Bay)の香りも。松の木の香りやバルサムの香りも、かぐと昔を思い出します。母がよくチキン・ポット・パイを作っていたので、その香りにも実家を思い出しますね。
現在暮らしているブルックリンを思い出させる香りは?
前夜に食べ残したピザの香りです(笑)。ニューヨークは、全体としてどこに行ってもアンモニア臭が鼻をつきますね。
都市の環境でもクリエイティブでいられますか?
もちろんです。自然の環境とはただ「違う」というだけで、大自然のなかにいるのと同じくらいエキサイティングですよ。
EP『Now That The Light Is Fading』はニューヨークで制作したのですか?
はい。
空気感と空間性から、てっきり自然豊かな環境で制作されたのかと思いました。
自然音のサンプルをたくさん使っていますからね。自然の静寂をサンプルとして取り入れることによって、ポップ・ミュージックにありがちな圧縮されたサウンドになることを避けました。血の通った人間らしい温かみが感じられるポップ・ミュージックを作る——それが目標でした。
「立った状態で曲を書いた」とどこかのインタビューでおっしゃっていましたが――なぜ立って?
はい——いや、違うんです。
あれもあなたというアーティストの神話のひとつだったのでしょうか?
発言が文脈を無視して抜き取られがちなんです。音楽づくりの工程では多くの曲を立った状態で作りましたが、それはプロダクションの段階での話です。歌詞は、立っているときに書いたものもあれば、座っているときに書いたものもあります。
立った状態というのは、集中力が高まるそうですよ。トイレを我慢するときにも有効だそうです。
そうなんですね。教えてくれてありがとうございます(笑)。真面目な話、歌っているときには体が動くので、立っていなければならなかったんですよ。
香りで特定のひとを思い出したりしますか?
もちろん。香りは、ほかの感覚と比べても記憶を直接的に刺激し、過去の瞬間を鮮明によみがえらせる力があります。ひとの香りを言葉で言い表すのは難しいですが、たとえば過去のボーイフレンドのシャツに香りを感じたり、部屋に母が残した香りを感じたり——特別な関係にあるひとの香りというのは特別なものです。
香りにクリエイティビティを触発されたりは?
後になって探りたくなるようなアイデアを生んでくれたりします。わたしはとても視覚的な言葉の世界観を描くクリエイターで、シーンを設定して曲を書くことが多いんです。たとえば、「Alaska」では、サビ部分までの最初の部分はすべて、わたしがいる空間を言葉で五感的に描いています。わたしはそんな曲の書き方を頻繁にするので、香りをきっかけに、空間を詳細に想像できたりするときもあります。いつもそうというわけではありませんが。
The more you can tap into your emotions and the more vulnerable you can be, the more universally human you can become
ロンドンはどんな香りがしますか?
まだ、そんなことを語れるほどロンドンを知らないんです。でも、「ホテルの部屋のような香りがする」と思うときがありますね。これまでロンドンを訪れるたびに、古いパブでサッカーを観ながらビールを飲んでいたので、ロンドンというとビールが思い浮かびますね!(笑)
共感覚を持っているということですが、それがどのようにあなたのクリエイティビティに作用しているかを聞かせてください。
色と音楽がとても密接な関係にあります。大学に通い始めるまではそれが特別なことだとは思っていなかったんですが、スタジオ録音機材操作とプロダクションの勉強をしているときに、先生たちからレポートの返しがあって、わたしはそれに「この音はこの特定の青」といったように書き込みをしたり、ときには参考として図形を描いたりしていたんです。それを見たクラスメイトたちは、「意味がわからない」と口々に言っていて、驚きました。音についてひとに説明するため、新たな方法を考え出さなければと思いました。
音楽づくりの過程ではリスナーの存在について考えますか?
考えないですね。あくまでも自分のために音楽を作っています。人生を通して、そして作品を通してものを考えているんです。ビョークが過去に、「自分に忠実に、自分の音を追求すればするほど、できあがる作品は多くを伝え、ひとの心を動かすことになる」と言っています。自分自身の感情に忠実になれればなれるほど、そして心を裸にできればできるほど、自分という存在は普遍的な人間味を持つようになるのです。もともと、生演奏をするために作った曲ですが、それすらも私自身のための構想でした(笑)。それまでもずいぶんと長いあいだ、フォーク音楽の小曲を作っていたんですが、もっと聴いてもらいたいと思うようになって——すると、それまでやっていたショーが退屈に思えてきました。そこで、「自分が土曜の夜に出かけていって聴きたくなるようなショーを、自分で作り上げたい」と思うようになったのです。
お気に入りの服について教えてください。
いい質問ですね。今日はすべてわたしのお気に入りばかりを着ています。いつも履いている古いLevi’sのジーンズに、ここ3年間ほぼ毎日履いているブーツ。アクセサリーはすべて友達のもので、ひとつとしてわたしのものはありません。借りたまま返していないものばかり。ネックレスはわたしのもの——ヘラジカの背骨でできているんですよ。ヘラジカの背骨は、オレゴンでハイキングをしていたときにわたしが見つけたものです。これがときたま立てる音も、この触感も、この重みも、大好きなんです。
これまで実際に経験しているかと思いますが、山小屋で一週間ほどひとりで過ごさなければならないとします。アルバムを一枚、映画を一作、そして本を一冊持っていけるとしたら、何を選びますか?
いま、スタインベックの『エデンの東』を読んでいて、まだ読み終えていないので、それを持っていきます。映画はあまり観ないので……代わりにアルバムを二枚選んでもいいですか? 静かに考え事をしたいときのためにジョニ・ミッチェルの『Blue』と、ひとりで踊りたくなったときのためにカリブー(Caribou)の『Our Love』を持っていきます。