私が初めてテレサ・イココに出会ったのは、スクリーンライティングの授業でのことだった。彼女はそこで、私たちにストーリーテリングについて教えていたのだ。ある者は熱心にノートを取り、ある者は頭をかしげながら彼女の話を聞いる中で、テレサ(当時その髪はつややかなシルバーグレイだった)は咳払いをしてこう言った。「ストーリーの伝え方は、ひとつじゃないわ」。
賞を取った彼女のデビュー作『ガールズ』は、ナイジェリアのある村でイスラム教過激派に拉致された3人の若い女性ーーハリーマ、ルハブ、ティサナーーを巡る、激しくも楽しい物語だ。彼女たちが話す内容は、生と死はもちろん、男の子、セックス、あるいはキム・カーダシアン(Kim Kardashian)にまでおよぶ。「なんでみんなそんなにハッシュタグに夢中なわけ?」と彼女たちは問う。「ハッシュタグでいったい何をするっていうのよ? それを使ったらここから出られるの?」
彼女の休憩時間に話を聞いた。
執筆をしていないときは何をしているんですか?
若者の暴力やコミュニティについて調べているのよ。犯罪の危険因子となるものや、何が社会への頑なな拒否反応を生むのかを考察しているわ。
ギャングたちと一緒に?
そう。でも〈ギャング〉という言葉のつかい方に目を向けることはとても大切よ。その兆候がどのような問題を生むかということもね。咳は風邪の兆候のひとつだから、何らかの対処をするでしょう。ギャングも兆候として対処されなければならないの。私たちはその過去を考慮せずに、ギャングというものを見てしまう。例えば、私が住んでいたような公共住宅(テレサはハックニーでシングルの母親のもと、8人の兄弟と育った)の窓から外を見たり、金持ちと貧困の間に妥協点を見つけられない、放校処分になった子どもたちもそう。もちろん暴力はコミュニティを壊してしまうわ。でも、問題をもっと掘り下げたり、彼らがどうしてそういうライフスタイルを選んだのかについては、議論の余地がある。そうしないでいるのはショッキングなことだし、恥ずべきことでもあると私は思うの。
その活動に携わるようになったきっかけは何ですか?
私の家族は貧しかったけど、教育を受けることはできたわ。心理学を学んでいたんだけど、刑務所の評価票を研究しているうちに、私が知っている人生、特に父親不在の人生がそこにあることに気づいたの。そこで刑務所に行って、父親に関する芝居のプロジェクトを始めた。一人の男性は、通りで親近感のわく人を見かけて、それが実の兄弟に違いないと気づいた話をしてくれたわ。収監者たちは脚本も書いたんだけど、この方法なら、私が世界を変えられると思うようになった。結局そのあと政策決定論を学んでがっかりしたんだけど、世界を一気に変えるのではなくて、個々人の世界を一つひとつ変えようとすることはできるんじゃないかと思い至ったのよ。
脚本を手掛けるようになったきっかけは?
そうね、それは刑務所が民営化されて、希望に満ちた場所じゃなくなったころのことよ。私が芝居のセッションをしていたとき、そこに来る収監者たちはワクワクもしていなければ、幸せそうでもなかった。何日も閉じ込められていつもネガティヴだったわ。私が最初の脚本『ノーマル』を書いたのは、フェルサムから車で帰る途中に、ある男の子のイメージが浮かんだから。その子は「自殺したい」って言ってた。帰宅して、そのあと何が起こるか書き留めたわ。ものを書くなんて、私の周りでは誰一人してなかったのに。でも『ノーマル』を書きあげたあと、私はもっと書きたくなって、メディアにおける女性代表者、特に有色人種の女性代表者不在に関する議論に参加したの。そしたらまた同じことが起こった。女の子が頭の中に現れたのよ。その子はハリーマに姿を変えたわ。彼女と一緒に想像の世界で過ごすのは、実際とても心地よかった。そして、これが私の書き方なんだということを発見したのよ。
将来しようと思っていることはありますか?
怖いの。もしまた何も書けなくなったらどうしたらいいの?って。好奇心を失ってしまったら? 私の心の中の知的探究心が、加齢とともに消えていくものだったとしたら? ミュージカルの脚本を書きたいのよ。今まで何人の黒人女性がウェストエンド・ミュージカルの脚本を書いたか知らないけど。たぶん私が最初になるんじゃないかしら。
舞台の反応はいかがですか?
昨日の夜、3人の黒人の女の子が終演後にやってきたの。とっても興奮してたわ。1人の子が自分は作家だと言ったので感動してしまったの。彼女たちがその分野でちゃんとやっていけていること、そして彼女が自分のことをそう呼んでいいと感じていることを本当に嬉しく思った。アートが世界をどんなふうに変えられるか、まだ私はちゃんと見えていないけれど、もうすぐ見つけられたらいいわね。
『ガールズ』は〈ソーホー・シアター〉で9月27日から10月29日まで上演中。