4年半に渡るロンドン留学を終え、その足でシンガポールへ。そして1か月に及ぶ個展「EXUVIA」をやり遂げ、ようやく帰国し一息ついたところ。そんな中、休む間もなくインタビューを受けてくれたアーティスト大竹彩子の柔らかな表情には、凛とした風格も見え隠れする。自分でアレンジしたシューズと、とびっきり短いショートヘアからは彼女のセンスが光る。ブレのない一貫性を持ち、好きなものがはっきりしている。ロンドンで初めて彼女に出会ったときから、そんな印象を持っている。それは作品を見ても一目瞭然だ。
彼女の代表的な作品は、写真とイラストからなる。彼女が“描きたい”と思うモノを撮り集めた写真は、ZINEとしてシリーズ化しており、現在3冊が完成している。「1冊目は日本で撮った『NIPPON』、2冊目はアメリカとヨーロッパを旅行した時に撮った『SOMEWHERE』。そして3冊目は、スイスで撮った『SWI-SS』です。現在、シンガポールで撮った写真を集め、4冊目『STAR STAR』を制作中です」。出かけるときには必ずカメラを持ち歩き、街中ではいつも周りを見回しては感覚的に気に入ったものを、コレクションするように撮りためていく。iPhoneで撮ったものもあれば、コンパクトデジタルカメラで撮ったものもある。どこでも持ち歩けるサイズのカメラは、彼女にとって欠かせないアイテムだ。彼女の目に留まり、何気ない風景から切り取られる写真はグラフィカルで、コントラストが効いた色合いが特徴の一つ。「写真を撮るのは好きでしたが、作品として撮っていたのではなく、もともとは作品を制作するためのリサーチの一つとして撮り集めていました。外出するときは、気に入ったものを見つけては写真を撮りますね。そして1冊にまとめるときは、数え切れないほどの写真を何度も見直し、組み合わせて制作していきます」。彼女が直感的に撮る写真は、彼女そのものを表現しており、作品のもとにもなる重要な材料だ。
大竹にとってスケッチブックや写真は、作品をつくるにあたって何よりも大切な存在。“採集”した色鮮やかな写真と、書き留めたメモやイラスト。彼女はどうやってそれらを調理していくのか。彩りのある写真とは相反し、彼女のイラストにはほとんど色がない。そして写真は風景が多く、抽象的だが、イラストにおいては、具体化された生物や人。中でも被写体の多くが女性だ。それについて尋ねると大竹は、「言われてみればそうですね。写真は色やパターンが好き。でもイラストにはあまり色は使わないですね。それでバランスを取っているのかも。女性や生物を描くことが多いのも確かです。女性の不自然な動きや手が好きなんですよね。宗教画や浮世絵に描かれている女性の手ってどこか不自然なものが多いので、興味深い」。
中でも奇妙に重ねたイラストが特徴的だ。女性の顔にパラグライダーをしている人を重ねたり、女性の顔の上に手を重ねて描いてみたり。「写真を見直して、これとこれを重ねたら面白いかもって思って描いてみる。色を使わないイラストが多いですが、決して色に興味がないというわけではありません。作品の見せ方として、色の印象が強くなってしまうのを避けるために色を使わないということはありますが。今後は色を使った作品も挑戦してみたいですね。紫や深緑、蛍光色、銀などが好きです」。
そして彼女の絵の特徴としてもう1つ挙げられるのが、被写体の人物の瞳を描かないということ。「目の中は描かない。どこを見ているかわからない不気味さやまだ未完成な雰囲気を表したいのかもしれない」と直感的な自分の感覚に敏感だ。作品のかたちは違えど、すべて彼女の内面を露わにしたような作品。好きという感情や面白いという感覚にとても素直であり、敏感に察知する能力が自然と備わっているようだ。彼女が撮りためた写真や描き集めたイラストたちは、どれも大切な彼女の1部であり、彼女のお気に入りを集めたものだということがとひしひしと伝わってきた。
ロンドン、シンガポールで開催された個展「EXUVIA」で一際目を引くのは卒業制作のためにつくられた作品「SAICOLLECTION」だ。Tシャツを切り開き、その裏に彼女が日ごろ“採集”してきたイメージを1つ1つ縫い付けている。黒一色で描かれたイラストは、まるでパズルのように無数に敷き詰められている。「この作品は自分の内面に蓄積され続けるイメージをまとめたもので、シンプルに黒一色だけれど、ごちゃごちゃうごめいていて、見る人が『なんだろう?』と違和感を抱くような作品をつくりたかったんです。使ったイメージは写真からインスピレーションを受けて描いたり、スケッチブックに溜まってきたものを引っ張り出してきました。自分自身、コレクターなんだと思います。自分の中で気になったものを集めていっている感覚。例えるのなら、細胞みたいにどんどん増殖していく感じ」。なぜTシャツを選んだのか。「普段の生活の中で刺激を受けて生まれたイメージを直感的に選んだので、普段よく使っている身近なものに落とし込みたかった。ひとつひとつが、自分にとって大切なインスピレーション。自分だけのものとしてこっそりとしまっておきたいものでもあり、また一方で誰かに見せて共有したいものでもある。だからTシャツの“裏”に縫い付けてみました」。
大竹はロンドンを留学先に選んだ。「高校生の時、家族でロンドンを訪れて、この街が好きだし、住んでみたいと思いました。初めてロンドンでアートを学んだのは大学2年生のとき。日本の4年生大学に通っていましたが、セントラル・セント・マーティン芸術大学で1か月の短期コースを受けました。そのとき、とても楽しかったのを覚えています。初めて本格的にアートと向き合い、自分がつくったものを他人と共有して。そこには戸惑いもあったけれど、初めての体験にとても心打たれたのを覚えています」と当時を振り返る。日本の大学を卒業した後ロンドンへ渡り、4年半もの間ロンドンで過ごした彼女を見ていると、彼女を突き動かしたこの経験の大きさが伺えた。
アーティストを父に持つ彼女は、幼少期から絵の具や印刷物に囲まれて育ってきたという。「小さい頃から父のアトリエに遊びに行って一緒に絵を描いたり、ダンボールでおうちをつくったり、かるたをつくっていました。父から影響を受けたというか、得るものや感じるものはそこには溢れていましたね」。小さい頃の思い出や、ロンドンでの生活。潜在的に備わっている感受性や表現力の豊かさは、彼女が歩んできた豊富な経験やさまざまな環境から培われたのだろう。今日のインタビューのために彼女が持ってきてくれた作品たちも、豊かな感覚と独特なクセのある表現で溢れている。作品からは、彼女の内面に潜む直感的かつ感覚的な“センス”の重要さが見て取れる。
順調に進んでいるように思われがちだが、ロンドンでの生活の中で迷いもあったことを打ち明けてくれた。「大学のコースを進んでいく際、迷いも生まれました。このままアートを勉強して、卒業した後はどういう道に進めばいいのか? 帰国して働いたほうがいいのでは? と考えたこともありました。でも途中でやめたくないという気持ちと、ロンドンでの生活にも慣れ、帰国する時期が近づいてくるにつれて、ここにいたいという気持ちが強くなりました。卒業をした今、どうやって日本でアプローチしていこうか悩みは尽きませんが、とにかく自分のしたいこと、できることを続けていくのみです」。迷いや不安を抱えながらも前に進んでいる。リアルな彼女の想いからはエネルギーも感じられた。
日本を拠点にすると決めたばかりの大竹。今は今後のために作品を増やしていきたいという。「私は“採集”しているという感覚です。何気ない日常から見つけた好きな部分を切り取って集めたり、メモや絵として残して、それを自分が思うかたちに表現していきたいと思っています」。やはり彼女にはブレがない。彼女の作品をギャラリーや街中で見かける日も近いだろう。今後の活躍が楽しみだ。
HER NEW WORKS
大竹彩子の新作『STAR STAR』の一部を紹介。