世の中には、決して消えることがなく、無傷のまま記憶の中に留まり続ける静かなパワーを秘めたイメージが確かに存在する。どこへ行こうが、何者になろうが、そうしたイメージは私たちの頭から離れることはない。そのいくつかが悲劇的な意味に満ちている一方で、人々の心に活気ある夢をもたらすものもある。
Instagramのフィードをスクロールしているとき、私はそんなパワーを持ったイメージに出会った。ヨーガン・テラー(Jurgen Teller)が撮影したその写真に写っていたのは、あふれんばかりに花が咲いている庭の真ん中に立つ、一糸まとわぬモデルの姿だ。ギリシャ彫刻のような力強さと、鳥のように耐え難い軽さを備えたその肉体の持ち主は、サスキア・デ・ブロウ(Saskia de Brauw)。心をかき乱す存在でありながら美しく、繊細でありながら強い印象を残す。「ウサギの足を持ったカタツムリよ」。そのオランダ人モデルは、自らをそう評した。だが、著名なフォトグラファーたちのモデルとなるずっと以前から、35歳のサスキアはアーティストとしてその名を確立していたのだ。その肉体と同じく、彼女の作品もまた、美しきパラドックスを秘めている。昨年彼女が自費出版した『the Accidental Folds』は、ミカンの皮や紙切れ、布など、道を歩いている途中に見つけた平凡な品々の写真を集めたものだ。サスキアは、粗野で陳腐で退屈なものから、いつも美しさを探し出す。現代にありながら沈思黙考を良しとするこのアーティストと共に、今回私たちは贅沢、謙虚、そしてスローでいることの大切さについて話した。
アーティストになろうと心に決めたときのことは覚えていますか?
飛行機に乗っていて、窓の外を眺めていたの。滑走路に引かれたラインにすごく興奮しちゃって、そのラインを描き始めたわ。言葉も書いたんだけど、たぶんそれがものを書くことを始めたきっかけだと思う。空港のグラフィックが大好きなの。私、自分のことをアーティストだなんて思っていないわ。作品のアイデアはあるし、いくつかのアイデアについては、ちゃんとした形になるずっと前から気づくんだけどね。これからもそういうやり方で、一貫性のある作品をつくっていけたらいいと思う。私が自分のことをアーティストだと言えるまでには何年もかかるだろうけど、正直、私にとってそれはあんまり重要なことじゃないわ。やってみたいって思うことは人生の一部だし、私の世界観でもある。何より、そんなものづくりをしているとき、私はすごく贅沢な“時間”を過ごしているのよ。
昨年、18時間かけてニューヨークを歩くというパフォーマンス作品をつくりましたよね。どう感じましたか?
入念に準備していたから、すごく穏やかな気分だったし、歩ききることができてホントにうれしかったわ。15時間歩いたあとくらいに、一瞬、肉体と精神がぴったり調和していると感じたの。
インスピレーションの源として、よくジョルジュ・ペレック(Georges Perec)を挙げていますね。好きな作品は何ですか?
『さまざまな空間』よ。ベッド、通り、記憶といった物事を違う観点から見るための方法を探すときは、いつもこの本を読み返すの。
言葉を使ったあなたの作品はとても詩的で、瞑想的とも感じます。自分の作品をどう思いますか?
それが私のやり方というだけよ。「詩的なものをつくろう」と思ったりはしないわ。そういう作品は私が話す言葉の一種であり、想いを言い換えたものなんじゃないかしら。
よくご自身のアートを長期間続く作業と評していますよね。どういう意味か教えていただけますか? 長い時間をかけることは重要なのでしょうか。
自分に備わった野生の本能を大事にしなきゃ……。単に私は早くものをつくれないの。ウサギの足を持ったカタツムリみたいにね。早くするべきときは早くするけど、遅くする必要があるなら遅くするわ。自分のアートプロジェクトに関しては、急ぐことなんか何もない。アイデアはじっくり真剣に練る必要があるし、私はそうやってつくったものを世に送り出したいの。
人生最高のときを思い出させる香りや香水などはありますか?
変に聞こえるかもしれないけど、おばあちゃんの家の地下室の匂いは、ずっと記憶の中にあるわ。古くてかび臭い地下室の匂いが好きなの。それと、ラヴェンダー。リラックスするし、すぐに心を落ち着けることができるのよ。
アーティスト的な観点から、現在は過去よりおもしろ味に欠けると思いますか?
過去は未来をはらんでいるわ。過去なしでは未来は存在しない。その2つは共存しているの。でも私はとてもロマンティックなタイプだから、過去のほうが刺激に満ちていると思う。時間をかけて形になったものは、新しいものよりもっとストーリーに満ちているはずだもの。例えば、プロダクトが使い込まれて、人々の手の跡が見えるようになる過程が大好きよ。
ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)は、いい映画を撮るには目に見えないものをとらえなければならないと言っています。あなたの作品には、ありふれたものがよく使われていますよね。アートに対して、ゴダールと同じことを思いますか?
ディテールを通して、アートはもっと大きなものを見せることができる、もしくはもっとグローバルなことを考える機会をもたらしてくれると確信しているわ。多くを語らないものもあるけど、人を感動させたり、あるいは不安をかき立てる力がある。人生が終わりに差し掛かるとね。人生は幸せに満ちてもいるけど、同時にすごく悲劇的でもある。少なくとも私は、すごく美しいものだって気づいたわ。人の感情や感覚は目に見えないけれど、誰もが持っているものだと思う。
インスピレーションはどこから得ているのですか?
インスピレーションはいろんなものから得られるわ。ヨガの創始者であるB.K.S.アイアンガーが書いたいくつかの本や、ウォーキングの本、ジョルジュ・ペレックの作品、名もないアーティストがつくったテキスタイルからも、インスパイアされるの。ものに自分の名前をつけたり、有名になろうという理由からではなく、そこにある美しさに魅せられて作品をつくる人たち。私は、あれこれ不平を言わずに、本当に質素な作品をつくる人たちからインスピレーションを受けるの。お金や名誉のためではなく、心と魂に導かれてものづくりをする人たちよ。それから、広い意味での親切な行為からもインスパイアされるわ。そういう温かさに触れたり、ものをつくりたい、人生を前に進めたいと感じたとき、インスピレーションが生まれるの。