アーティスト、ク・ジョンアの奇妙で閉ざされた世界

日用品や生活のささいなことを題材にし、独自の視点で切り取る韓国人アーティスト、ク・ジョンア。その類まれな自制心から、目が離せない。

韓国生まれのク・ジョンア(Koo Jeong A)は稀有な存在だ。アーティストである彼女の作品は、彼女自身と同じく注目されていて、自制がきいており、ほとんど目に見えないようにしてある。彼女はありふれたものを題材に選び、そこにほんのちょっとユニークな視点をプラスするのだ。ほとんど空っぽの部屋、暗闇に浮かび上がるスケートボードパーク、そして嵐の前の街の香りの調査。明瞭さのかけらもないその作品は遊び心にあふれ、重構造かつ不可解で、揺るぎない。明かり、温度、香り、オペラ、不具合のあるもの、そして不均衡なサイズ感は、ミステリーのような雰囲気とディテールへの綿密なこだわりが同居するおとぎ話のような彼女の作品を象徴する要素だ。ジョンアの立体作品とインスタレーションは、主観的発見を観る者に与え、たちまち魅了する。それは見方を押しつけたり、知性を要求したりするようなものではない。静寂と思考が作品を読み解く鍵と言えるだろう。

話すよりも聴くことのほうを好むジョンアは、ほとんど何も話さない無口なインタビュー相手だ。その作品から得られる親密さとつながりは、展示会場に残した自分の足跡、隅っこに潜ったり隠れたりすること、取り残されたハリボテの殻などから容易に感じ取ることができる。彼女はまた自称ノマドで、根づくことを拒み、どこにも帰属せず、何にでも興味を持つのだという。その作品は、空虚さと考え抜かれた配置、正確さと不注意、意味のあることと無意味なことが奇妙に絡み合ったものなのだ。

90年代の初頭に、ジョンアはパリの国立高等美術学校で学ぶためにソウルを離れる。以来、タシータ・ディーンやフィリップ・パレーノ、カールステン・ホーラー、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist、ジョンアの実生活のパートナーであり、〈The Serpentine Galleries〉のアートディレクターでもある)といったアーティストと同じ視点を分かち合ってきた。

彼女はまた、香りと感覚のアーティストでもある。2011年には、調香師のブルーノ・ジョヴァノーヴィックとともに、ニューヨークの〈Dia Art Foundation〉で「Before The Rain」を発表。暴風雨にさらされる直前の街に立ち込める、蒸し暑い空気の香りを作り出したのだ。また2015年には、社会相互作用としてのパブリックアートを生み出すべく、リヴァプールで地元のスケーターや住民と協力して発光するスケートパークをつくったのだった。知覚そして記憶としての香りは、2016年の作品〈Odorama〉で見ることができる。この作品では、ジュビリー線のチャリング・クロス駅で、使われていない2つのプラットフォームを利用。20年以上も未使用のままだったそのプラットフォームは、見た目こそ馴染みのあるものだったが、ウッディなウードの香りがつけられていた。衰退、未使用、そして不釣り合いな記憶を呼び起こす香り。ジョンアが私たちに見せたいのは、そんなオフバランスな光景なのだ。だがそこに彼女を見ることはできない。もうずっと以前に立ち去っているからだ。

子供のときのことについて少しお話しいただけますか? モノをつくるのが好きで、ほかの子とは違う視点を持つ子供でしたか?

小さいとき、ほかの人たちと冒険をするのが好きだったわ。13歳でピタゴラスやゲーデルの定理を勉強したの。小さな丘の上でハヤブサの移動を間近で学んだりね。18歳のときには、1年間1人でヨーロッパの国々を旅行したわ。

アーティストになると決めたのはいつのことですか?

アート界で長く生き抜く新たな方法を見つけたのよ。ゴシックからルネッサンスまで、巨匠たちの図録を読むの。彼らに会うためにヨーロッパに行くって決めたわ。そしたら、アートというのは科学や文学、そして音楽とごく初期からともにあったのだということを発見したの。それが自然に制作に発展したのね。

香りをフィーチャーした作品「Before The Rain」について教えてください。

香りをつくるというのは、自然や化学、そしてアートの魔力の本質に迫るものだと感じたの。〈Dia Art Foundation〉の人が、私をコラボレーターと引き合わせてくれたわ。例えばフレデリック・マルは、私たちにIFF(ニューヨークの香水メーカー)を紹介してくれた。〈Heavy Rain〉や〈Before The Rain〉といったドラマチックなイベントで、ナレーションも入る予定だったのよ。ファン・スンウォンの短編小説『ソナギ(にわか雨)』とミルチョ・マンチェフスキの映画からインスパイアされたの。

香りをつくるというのは、自然や化学、そしてアートの魔力の本質に迫るものだと感じたの。

この作品にはコラボ的な側面もありますね。なぜそのアイデアを香りと結びつけたのでしょうか。

香水のエンジニアであるNOSEと話し合ったの。彼らは化学的にどう香りをつくればいいかわかっているから。ストーリーを伝えたら、現実味を出すためにどうしたらいいかという話になったわ。私が考えている地球上の場所でどんな雨が、何時に、気温何度の状態で降るのか、そして雨はどんなところに降るのかといったことを事前に知っておかなければならなかったの。NOSEと話すときは、正確でなければいけないわ。そのあとは何日も何週間もかけて、化学的な速度や、オーダーが正しいかどうかをチェックするの。

あなたの作品にはどの感覚が一番重要ですか?

私がおもしろいと感じた直感的な観念は、自分自身の好奇心の力と、その知識の脱神秘化ね。

あなたは自分のことをどこでも暮らせる人間だと言っています。あなたにとって“家”となる場所はありますか? “家”という言葉から何が思い起こされるでしょうか。

私の生き方だと、家というものはないわね。“家”という言葉からは、いつもでき立ての料理が思い浮かぶわ。

何が、もしくは誰があなたにインスピレーションを与えますか?

人間の暮らしに関わる偉大な発明のほとんどが、私にインスピレーションを与えるわ。

あなたの作品が呼び覚ますのは人間? それとも感覚でしょうか。

いろいろな場面に詩を持ち込むことに夢中なの。呼び覚まされる瞬間というのは、人によってその価値や重みに違いがあるわ。問題は、私の作品がどのくらい自分や他者を呼び覚ますことができるかということよ。

あなたの作品を見た人に、どんなことを感じてほしいですか?

私の取扱説明書、インスピレーションや会話、斬新な方法で研究された自らの骨相学に関する瞬間を分かち合いたいわ。

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