忽那汐里が10年かけて手に入れた感覚

女優・忽那汐里の持つ稀有な感覚。それは、彼女のバックグラウンドと、そこに積み上げてきた10年の日々によって研ぎ澄まされた直感のようなもの。ハリウッドデビュー作『THE OUTSIDER (原題)』の撮影を終えた今、その目に映るのはどんな景色か?

「私はオーストラリアで育ったので、日本は自分のバックグラウンドではあったけれど、どこか遠い国だった。13歳のときにひょんなきっかけでコンテストを受けていなければ、女優を目指していたかどうかも分からないんです。でも、いつも本能的に自分の道を選んできました。その先に何があるのかは、やってみなければ分からないから」

2006年に第11回全日本国民的美少女コンテストで審査員特別賞を受賞し、翌年に女優デビュー。ポッキーのCMで踊っているあの子は誰? と話題になった頃から、約10年。その間に25本以上のドラマに出演し、15本以上の映画を経験してきた。そして昨年末には『THE OUTSIDER (原題)』でハリウッドの映画づくりも体感したことで、彼女の中に少しずつ変化が生まれている。

「とにかく厳しい母親だったんですよ。それは自分にとってすごく良かったことでもあるんですけど、“真面目すぎる”っていうのが邪魔することもあって。今まで現場ではとにかく必死だったから仕事は楽しむものではないっていう固定観念もあったし、共演者の方とも会話をせず孤立していたり。でも、10年お芝居をしてきた中でだんだんと色んなことが変わってきました」思い出すように彼女は語る。「私にとってはキャリアが10年ということもあるけど、日本に来て10年ということでもある。今年11年目に入るタイミングで、今までとは違う感じで仕事をしていかないとなっていうのを考え直した年でもあったんです」

女優としての自己表現を確立するというのは、簡単なことではない。「役者のキャリアとしてはまだまだ」と話しながらも、忽那汐里はゆっくりと自分なりの答えを見つけはじめた。

「まず、コミュニケーションがいかに大切かということを感じるようになりました。やっぱり、結局は生身の人間同士で仕事をしているので。外国の監督との仕事が続いたこともあって、相手のことをよく知ってから現場に入るっていうのが大事なんだと学ばせてもらいましたね」監督によってはもちろん、製作国によって映画づくりの現場は大きく異なる。「日本ではそういうことはあまりないけど、海外の監督って仕事が決まった瞬間やオーディションの段階から直接役者とメールアドレスを交換して、ずっと作品についてのやりとりをするんですよ」そうやってメールをしたり、何時間も話したりすることを経験しておくと、現場でものすごく活きてくるのだと話す。「余裕がなくなる瞬間や焦りで冷静さを保てないときに助け合える。みんな、その映画をよくしようということだけを考えて何ヶ月も一緒に仕事をしているし、基本はまずコミュニケーションを図ることが大事なんだと身をもって感じました。過去のことを言っても仕方ないけど、今までもったいなかったなって」

今年、全米で公開予定の映画『THE OUTSIDER (原題)』は、デンマーク人のマーチン・ピータ・サンフリト監督との仕事。『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー賞助演男優賞を獲得したジャレッド・レトとの共演作でもある。3ヶ国語が飛び交う中で、少しでも間違った伝わり方をするとすべてが崩れてしまうような危うさも経験した。そんなときに自分を助けてくれたのが、現場に入る前のそんなプロセスだった。

「普段は、監督と戦うような現場も多いんです。撮影が始まるまで何を求められているかがわからないから、その場で対応していくような。でも、直接的なコミュニケーションを事前に重ねていくことで、そういうプロセスはもう終えている状態で現場に入れた。そうするといつもと違うところに頭が働かせられるし、もうちょっとこうしてみようとか、実現できることが多いんです。それはとてもいいことだったと思う。本当に勉強になりました」

自分がどう感じるかだけじゃなく、全体を客観的に見ること。周りとコミュニケーションをとること。自分を知ってもらうこと。2015年に出演したトルコとの合作映画『海難1890』でも、トルコの文化や宗教を知り、「理解し合おうとすること」で、多くのものを得てきた。「オーストラリアにいた頃の天真爛漫な自分が、英語を話す機会が増えたことによって感覚的に戻ってきているのかもしれない」と話すように、彼女の本来の表現力が呼び起こされるような作品がここ数年続いたことが、ひとつのターニングポイントになっている。

「自分を表現しようと思うとき、感覚を研ぎ澄ませているためには、やっぱり情報を選ぶことが大事なのかなと思うんです。自分にインプットされていくものを、ちゃんと選択する。自分が普段見ているもので考える方向性が決まってきてしまうと思うので、それを意識するようになってからすごく変わった」。

自分自身をどう生きるかということは、画面にも表れてしまう。日常で何かを見る、聞く、という“受け”の感覚にも、まず“自分”というフィルターを通す。「一日休憩の時間をとって携帯をあえて見ないようにして、本を読むとか、海外のニュースを見るとか。例えば日常的にテレビをつけないようにすることだけでも、たまに見たときに意図をより考えるようになったり、新鮮にとらえることができる。感覚を麻痺させないというか。なかなか難しいことですけど」

インターネットやSNSが当たり前にある世代だからこそ、自分の中に入れる情報を選ぶことが必要だ、と彼女は考える。それは、これから挑戦していきたい作品選びにおいても同じだ。「情報がパッと入ってくる世の中なので、映画作品も本当に芯のある強いものでないと人は手に取らないでしょうし、伝わりにくい。何をやっているのかわからない作品はもう残らない。メッセージを伝えていくということが大事なのかなと思います」

メッセージを伝えていくこと。それは、これまでやってきたことに意味を持たせると同時に、未来への指針になるようなイメージだ。忽那汐里は、この先の10年をどう描くのか? 「やっぱり、いつも自分がどこにいるか把握できて、自分の意思がぶれないっていうシンプルなことを続けたい」少し考えてから、彼女はこう語った。

「15歳くらいのときは自分自身とパブリックイメージが違いすぎてすごく葛藤があったし、反骨精神もあって自分を押し付けがましく表現しようとしてたんですよ。でも結局、人にどう思われるかっていうのは見てくれる人の判断でしかない。映画でも音楽でも写真でもファッションでも、それを見たり聞いたりした人の感じたことは、その人のものだから。自分が明確に思っていることが変わらなければ、大勢の人の何人かはわかってくれる。それをちゃんと変わらず10年先でもやれていたらいいなって」

「久しぶりにこんなにたくさんしゃべった気がする」と笑う24歳の女の子は、これからも真面目に、そして積み重ねてきた感覚を大事にしながら、役者の道を進んでいくだろう。女優として、女性として、30代、40代の活躍まで楽しみだ。

忽那汐里

1992年生まれ。2007年に女優としてのキャリアを始め、海外の監督作品をはじめ、映画・ドラマに多数出演。今年全米公開予定の映画『THE OUTSIDER (原題)』のヒロイン役でハリウッドデビューを果たす。

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