日仏ハーフのシンガーソングライター、マイカ・ルブテ(Maika Loubte)のスタジオは、自宅のビルトインガレージ裏にある、まるで秘密基地のようなこぢんまりとした部屋だ。そのところかしこに置いてあるシンセサイザーたち。どうやって中に入れたのかと疑問に思うほど立派なグランドピアノ。そしてギターやバイオリン、音が出るおもちゃなど、とにかく楽器で溢れている。どれも彼女のお気に入りなのだとか。まるで宝物箱の中に入っているかのようだ。マイカ・ルブテは、そんな秘密基地のような宝箱のような空間で大半の時間を過ごし、淡々と曲作りをしている。自分でもオタク気質と認める生粋の宅録女子なのだ。
日本語と仏語、そして英語を織り交ぜた心地のいい彼女の声は、まるで曲を作る楽器の1つのようで、歌詞の意味は、何度も聞き直さないと理解しづらい曲もある。だからこそ、意識が音に集中するのだろう。歌詞や歌の意味にとらわれず、ストレートに音楽が耳に入ってくる。メインの楽器はシンセサイザー。彼女が紡ぐメロディーは、どこかノスタルジーを感じる。テクノミュージックであるが、決してうるさすぎず、まったりとした感覚を覚える。アナログでありデジタルでもあるその人懐こい音とメロディーは、優しく耳に入ってきて、一度聴いたらやみつきになる人は多いだろう。最近、写真集付きのセカンドアルバム「Le Zip」をリリースした。「歌詞カードを付ける代わりに本をつけてみたんです。そしたら置いてもらえる場所の範囲も広がるし」と話す彼女は、ヴィレッジヴァンガードや本屋など、色々な場所でライブを行っている。「ライブハウスだけじゃなくて、結構いろいろなところでライブできちゃうんです」と笑って話す。新生ポップスターはじわりじわりと知名度を上げ、活動の場を広げていることは確かだ。
マイカ・ルブテは幼い頃からずっと音楽に触れてきた。5歳の時からクラシックピアノを始め、コンクールに出たり音楽学校への進学も考えたりと、本格的にクラシックの道へ進んでいた。フランスの名門音楽学校にも合格をしていたという。しかし転機が訪れる。「フランスの名門音楽学校に合格はしていたんだけど、志望のクラスに進めなかったのもあって、クラシックにそこまで魅力に感じなくなって」と話す彼女は、中学生の時にビートルズのベストアルバム「ONE」に出会い、衝撃を受ける。学校で同級生に無茶振りをされ即興をしてみたり、シンセサイザーを中古屋で見つけたり。そうやって、ポップミュージックのシンガーソングライターへと自然にシフトしていったのだ。しかし、「今でもクラシックは好き。クリエイティブな面で言えば、クラシックとポップミュージックは直接関係していないけれど、音楽で感動するっていうルーツは共通しているかも」と語る。ピアノと真逆のシンセサイザーにはまったのはなぜかと尋ねると、「ピアノは表現に制限がある。限られた音の中で表現しなければならないのに対して、シンセは制限がない。ある意味真逆だから惹かれたのかも」と話してくれた。
いつも断片的に音を録音しているというマイカ・ルブテ。シンセサイザーで音を奏でながら、音色にインスピレーションを受けて曲を作る。自分の感性を大切にして、手探りで曲を作って行く様は、まるで潜在能力を呼び起そうとしているよう。「録音した時は何でもないと思っていた音だとしても、後々それが曲に変身することがあるんです。偶発的に、自然と遊ぶように曲を作っているかな。とても感覚的だと思う。面白いか面白くないか。まずそうやって音を作る。そしてそれに合う音やメロディーを探して曲を作っていって、その後にメロディーが呼んでいる歌詞をつけていく。いつも歌詞は後付け。作っているうちに、あ、そうそう! 私こういうことが言いたかったんだって気づく」とまるでパズルを当てはめていくかのように、マイカ・ルブテは曲を作っていくのだ。「シンセサイザーがある限りネタは尽きない」となんだか楽しそう。「隙間を大事にして曲を作っている。例えば料理も、足しすぎていてうるさい味は嫌。なんでもうるさすぎるのは好きじゃないんです。綺麗すぎるのも嫌。なんでも多少汚れているのが好きだし、ちょうどいいと思っています。だから私の曲もノイズやズレにはこだわっているかな。整いすぎているとつまらないから、計算外の部分を大切にしている」とバランスを保つことの大事さを説明する。確かに彼女の曲を聴いていると後ろ髪引かれるような気分になるのはその意外な音のハネやズレのせいかもしれない。
「いろいろなものに興味があるのであれもこれも試したくなる」と話すマイカ・ルブテ。シンセサイザーを始めたのも、きっと好奇心旺盛な彼女の性格が騒いだのだろう。「初めて買ったシンセサイザーは、家の近くにある中古屋のハードオフで買ったもの。ラップに包まっていたシンセサイザーを見てこれなんだろう? と興味を持った」と教えてくれた。「欲しいシンセサイザーをあげればキリがないし。今回のアルバム作りでも一貫性を保つ努力をしました」と話す彼女は、「ツアーをやりたい。海外ツアーもしたい。最初はもしかしたら野宿や車中泊をしなきゃいけなかったりして、大変だろうけど。年末はパリでライブをするんです。どんな人が聴きに来てくれるか想像できないし、楽しみ」と無邪気にこれからのことを話す。「ナレーションの仕事にも興味があります。実は、CMのナレーションをやったことがあって。意外と楽しくて、私って何かになになりきることが好きなんだって、挑戦してみて初めて気づきました。 ナレーションでもなんでも、何かになりきれることをやってみたいかな。それに服も好きだし、モデルとしても必要とされれば、もちろんやります。ライブもみんなに見られるから、そういった部分は共通しているのかも。あとモデルは表情で自分を表現するのに対して音楽は音で表現するから、そこもちょっと似ていますね」と、マルチな才能がちらりちらりと垣間見える。でも、やっぱり一番は音楽。「音楽がなかったら自分は何やっていたんだろう。音楽でしか私を表現できないと思う。本当に大事なものなんです。音楽と同じくらい好きなものといえば、食べることくらいかな」と笑いながら話す。飾らず内から滲み出ている彼女の魅力は、音楽にも間違いなく現れている。これからも変わらず、彼女はこのスタジオで心身奇抜な音楽を生み続けるだろう。