ソムリエでレストラン経営者のスナニア・セティは、子供の頃にはすでに、キッチンから漂ってくる芳醇なスパイスの香りを嗅ぐだけで料理を当てられたのだという。良いワインを発掘する才能は、その研ぎ澄まされた感覚に由来するものではないと彼女は主張するが、著名なシェフでありレストラン経営者でもあるカラン・セティ(Karan Sethi)を兄に持ち、ロンドナーたち憧れのグルメスポットを多数抱える〈JKS〉グループを家族で取り仕切っていると聞けば、子供時代にはそんなことを知らなかったとは言え、彼女が並外れたセンスの持ち主だと考えるのは自然なことだろう。
今まさに急成長を遂げている美食帝国〈JKS〉が誕生したのは、8年前。インド南西部の料理を中心に供するレストラン〈トリシュナ〉,と、少しだけカジュアルで、対象地域も広げた〈ジムカーナ〉 が続けざまにオープンしたときだった。そのミシュラン星付きのレストランで、経営をも任されているスナニアが、日々その大胆なワインリストを編集し、料理との斬新なマッチングを披露している。一方、去年開店した予約のいらない話題のスリランカ料理レストラン〈ホッパーズ〉では、イタリアのブドウ園とコラボしてオリジナルのワインを販売。大人気のカリやサンボルに合わせてハーフボトルを楽しむことができる。さらに、多くの食通が長時間並んでも食べたいと思っているのが、同じく〈JSK〉グループのレストラン〈バオ〉。ここで味わえる台湾風パンは、まさに垂涎の的なのだ。また、このグループは、革新的な料理をつくり出すことで知られるレストラン〈バブルドッグス〉と〈アンド・キッチン・テーブル〉、さらにはイースト・ロンドンでも指折りの大人気店〈ライルズ〉をも手掛けているのである。
ソムリエとしてのセンスはどうやって磨いたのですか?
ワインは味わえば味わうほど味の構成がわかってくるし、成分を把握して、個性を見極められるようになるわ。すごく主観的なものだから、マニュアルなんて必要ない。だから、私がリンゴみたいな味がすると言っても、他の人はそう思わないことだってあるかも。それに決まった方法でトレーニングすると、ワインを品質で判断しようとしてしまう。そうすると、そもそもあなたはそのワインが好きなのか?っていうシンプルな疑問が、頭から消えてしまうの。だから、うちのソムリエたちにはいつも言っているの。私が聞きたい最初の答えは、あなたがそれを好きかどうかよって。本当にそれが一番大切なことだから。
ということは、プロでも味の感じ方には差があるということですか?
もちろん。ちょっと前、家でのディナーにフルボディの赤を開けたの。夫がどんな味がするかって聞くから、こう答えたわ。「葉巻のケース、タバコ、ダークチョコレート」。的確な表現だと思ったわ。夫も同じ意見だったんだけど、だからこそ気に入らなかった。そしたら兄が言ったのよ。「理解に苦しむね、そんな味ちっともしないぞ」って。味の感じ方って、そういうものよ。好き嫌いとか、おいしいかとかに関係なくね。だからそのワインも、こんな意見の相違を生んだのよ。
リストのワインに合う料理が必ずあるように、シェフと相談するのですか?
ワインパーティを開くときは、そのときのメニューに完璧に合わせるためにテイスティングをするわ。その結果、微調整することもあるけど、全部の料理を変えたりはしない。そういう場って自由度が高いから。例えば、うちのレストランで出している鯛のハリヤリ。これは鯛をほうれん草、ミント、パクチー、青唐辛子でマリネしてタンドールで焼いたものなんだけど、この料理の香りから即座に思い浮かぶのは、フレッシュな白ワインね。適度な酸味は魚の油っぽさを抑えてくれるし、マリネ液とも相性バッチリなのよ。でも問題は、付け合わせのトマトのカチュンバル(サルサのようなサラダ)。酸味がたっぷりなの。そこで、酸っぱ過ぎを防ぐために、もう少し考える必要が出てくるというわけ。
これまでに、驚くほど相性抜群の組み合わせに出会ったことはありますか?
2~3年前、テイスティングしたときに、ローヌ地方の高級なヴィオニエ種でつくったものだと思ったワインがあったの。でもラベルを見たらギリシャ産で、値段は想像の10分の1だったわ。同じ日にシェフと新しいメニューの試食をしたんだけど、食べたとたん、ピンときた。まさに、これだ!っていう瞬間。私が今まで手がけた中でも、おそらく最高の組み合わせよ。
そんな大発見が、あなたをこの仕事に向かわせるのでしょうか?
その通り。ギリシャみたいな新しいワイン生産国から出てきた逸品もね。クロアチアやスロヴェニア、ハンガリーもそうだけど、そういう新興地域のワインはあまり知られていないわ。でも、ヨーロッパの他の国々と同じくらい、いいものをつくるのよ。私はクロアチアのワインが大好きなの。過小評価されているから、値段も手ごろだし。クロアチアという国も、美しくて魅力的な文化にあふれたところなのよ。
そういうワインも、レストランのワインリストに載せているのですか?
増やしてはいるわ。だけど、お客さまが気後れしたり、まったく知らないようなものばかり載せるわけにもいかないから、他の選択肢も入れなきゃね。私たち自身は有名なメーカーより家族経営の生産者のものが好きだけど、ときにはビジネスマンがグループでやってきて、最高級のブルゴーニュワインをオーダーするときもある。いろんな要望に合わせられるようにするのは、大事なことよ。
ビオ・ワインについてはいかがですか? そういったものにも対応可能でしょうか。
レストランの経営方針という観点から、厳格なビオ・ワインを使うことは難しかった時期もあるわ。ボトルを開けたら、同じような味のワインがもう1本なければいけないでしょ。でもビオ・ワインのいくつかは、それが叶わなかったの。どうしても固定の料理に合わないワインは、外さざるをえない。でも、中には素晴らしいビオ・ワインもあるから、リストに載せているわ。ビオだからいいとか悪いとかではなく、他のワインとまったく同じように扱っているのよ。
あなたの才能はインド料理に意外なワインを合わせることにあると考えている人が多いようです。
そうね。だいぶ認識が変わってきたとは思うけど、まだ頭の固い人がやってきて、こんなことを言うの。「これはカレーでしょ、だったら私はビールを飲むわ」。まずこれがカレーだというそのステートメントが間違っているけどね。もちろん、ビールをほしがること自体には何の問題もないわよ。
〈ホッパーズ〉ではオリジナルのワインを出していますね。またコラボしてみたいと思いますか?
イタリアとインドのワインメーカー〈フラテッリ〉が、私の結婚式にワインをつくろうと申し出てくれたの。そのときは残念ながら間に合わなかったんだけど、最近また話をしたときに、レストラン用に新しいものをつくりたいと言ってくれたわ。だから、一緒に開発することができそうよ。まだ自分でブドウ畑を持つところまでは考えてないの。何年かして、ちょっと遠くに行きたくなったらありえるかもしれないけど、まったく土俵が違うしね。それに、自分で一からつくるほどの自信を得るには、もっともっとワイナリーで修行を積まなくちゃ。