生まれも育ちも吉原、祖父母の代から吉原に住み続けているという家系に生まれた岡野弥生。そんな彼女が、かつてに比べると廃れつつあるこの独特な街、吉原を守るべく2年前に立ち上げたのが〈新吉原〉という土産ブランドだ。店舗をオープンしたのは3か月前の話。「店を持つまでは、直接消費者と触れる機会が少なかったから、主に男性が私の商品を買ってくれているのだと思っていたんです。けれど実際は女性の方が多くて驚きました。外国からのお客様もちょこちょこいますね。そういう方はSNSを駆使して、私のお店まで辿りつく人が多い。一口に外国人といっても、日本に住んでいる方、ニューヨークのジャーナリスト、中には樋口一葉のファンだという方など、本当にさまざま。何度か日本に来たことがあって、王道の観光地には飽きたので、何か変わったお土産が欲しいという人たちもいます。ちなみに、近隣のおじいちゃんも来ますよ」。人と人との会話や、つながりを大切にしている。彼女が土産屋を始めたきっかけは何なのか。それは、土産物を通して、人から人へと吉原を伝えてもらうのが狙いだ。「もともと私自身、海外の変わったお土産を探すのが好きで。隣町の浅草にはお土産屋が山程あるのに、吉原にはない。吉原にも歴史があるのに、ここに来ても吉原にちなんだものを持って帰ることができない。だったら私が作ろうと思ったんです。お土産をもらった人がクスッと笑いながらも吉原に興味を持ってくれて、またその人が東京に来たときに遊びに来てくれるのが理想ですね。そうやって人から人へと繋がっていって、たくさんの人にこのお店に立ち寄ってもらいたい」と土産を介して広がる人とのつながりや、吉原へ足を運ぶきっかけを生んでいる。
吉原とは、住所で言えば東京都台東区千束3丁目と4丁目を指し、日本一の夜の歓楽街として知られている。「私はここで生まれ育ったから吉原に違和感も抱かないし、特別とも思ない。私にとっては何ともない街なのだけれど、他の人からは特殊だねって言われます」。そんな吉原に住み続けてきた彼女だからこそ感じる、街の魅力を尋ねてみると「吉原のようなディープな町は、今となっては少なくなってしまった。浅草は綺麗になりすぎたように感じます。吉原のネオンが減ってきているのは確かなこと。並ぶ店の多くは、世襲制なので、その子供しか継ぐことができないし、法律で建て直しが禁止されているということもあって、この先何年ネオン街として続くのかはわからない」と実情を教えてくれた。住み続けているからこそ、感じることができる吉原の現実なのだろう。
〈新吉原〉の商品に描かれている浮世絵や春画は、どこか愛嬌があり、思わずクスッとしてしまうような、洒落のきいたものばかり。「あまり生々しい春画は好きではなくて。いやらしいものが好きとか、自分自身の官能的な部分を表現しているわけではないんです。どちらかというと笑いがあって洒落がきいている絵が好きだし、土産物としてもそういう方がいいかなと思って、自分の商品にも落とし込んでいます。もともと音楽や映画でも、アンダーグラウンドなものが好きだから、商品にもそんな雰囲気が出ているんだと思います。〈吉原ソープ〉という石けんも、ダジャレで作りました」と自身の商品について説明する。彼女のセンスとクセのある生暖かい感覚は、商品によくあらわれていて、手に取った人は思わず買わずにはいられなくなる。
タオルではなく、あえて手ぬぐい。プリントではなく注染や版画にこだわる。職人に作ってもらう手ぬぐいは、1枚1枚風合いが違うので、それぞれの味が出ている。「今の時代、プリントされた商品が溢れていて見慣れてしまっているけれど、1枚1枚風合いが違う、手仕事のよさも知ってほしい。プリントのように細かい線が出せなくてイライラするときもあるんですけどね」と笑って話す。「手ぬぐいの柄は、型紙屋さんに手作業で切ってもらった型紙で染めます。だからプリントより線を細かく表現できないんです。デザインは古い資料を参考にしたり、イメージする絵が見つからない場合には、イラストレーターに指示して描いてもらったりします。古い絵は、割と線が雑だったり不鮮明だったりするので、その補正は型紙屋さんに任せています。自分で資料の絵を切り貼りして組み合わせ、新しい絵を作ったりもしています」。話を聞いていると、手作りの良さや郷愁が伝わってくる。
なんと言っても愛嬌があるのは、〈新吉原〉のロゴ。「ブランドのロゴは、友達でSasquatchfabrixデザイナーの横山さんに作ってもらいました。“入山形”という遊女のランク付けを表すマークがあるので、それをベースにしては? と提案しました。おっぱいに関しては、横山さんの案なんです。左右対称じゃないっていうこだわりがあるらしい(笑)。中心をとるのが難しいロゴになりました」。〈新吉原〉は多くの人のアイデアが詰まった温かみのあるブランドだ。そしてブランドロゴからも見てとれるように、商品の多くは女性が被写体になっているのも、このブランドの特徴の1つ。「やっぱり女性が頑張っている地域なので、必然的に被写体は女性が多いですね。艶っぽさを出せるのも、女の人だからね」。店内でひときわ目を引く腰掛けと桶は、江東区の老舗〈桶栄〉とのコラボ商品。「湯女やソープをイメージして作ったわけじゃないけれど、お風呂モノっていいなと思っていて。銭湯に粋なスタイルで行きましょうっていう提案です」と笑いながら、艶っぽさ溢れるお風呂グッズを紹介してくれた。これからも下町らしい、情緒溢れる粋な商品を生み出していってくれそうだ。
「吉原と浅草との差別化を図りたい。浅草は大きな観光地で、吉原はその観光地の横にある小さくて廃れてきている街。同じ浮世絵を使った土産物でも、官能的な要素を入れることで、この地域の色を出しながら王道ではないものを作りたい」と地元を想う一面が垣間見える。「職人は、浅草に集中しているわけではないけれど、江東区や葛飾区など、なるべく近場の方に頼むようにしています。職人を通して、他の地域で知り合った人にも頼むこともありますが」。地元に根付いた昔からの文化や価値のある技術を守っていく彼女の姿勢は、この街の未来を担う火種となるだろう。今後は手ぬぐいの種類をもっと増やし、いろいろな職人とコラボしていろいろ作っていきたいのだとか。「商品を考えるときは、まずは職人に出会って話をして、じゃあこんなのを作ってみようといった感じで始まります。あまり最初から、これを作るって決め込まない。だからいろいろなジャンルのものが増えて、統一感がなくなってきているのが現状です。職人さんも、新しくて変わったことにチャレンジしたいけれど、加減がわからなくて私に指示を求める。相手も職人さんだし、私もわざわざエロいものを作るように指示をするわけではないけれど、意外と職人さんが艶っぽいものを作りたかったりもすることもあって(笑)。だからユニークなものが生まれるんですよね」。地域と人との交流を大切にし、コミュニケーションの中で次々に商品が生まれていく。岡野弥生はまさに粋なスタイルの持ち主なのだ。今後も彼女のユーモア溢れる商品に期待したい。