「撮った瞬間から、過去になってしまうから」と常々語る彼女。その言葉は、ぼくらがもっと小さかった頃、おもちゃ箱に締まっておいた大切なフィギュアやぬいぐるみを愛でるかのように、優しく響く。
彼女は現場にたって、楽しんでいる渦中にいながらどこかで、この一瞬はずっと続くことはなく、いつか終わってしまうと知っている。彼女の写真は”全体的に”ハッピーだが、どこか一抹の切なさや寂しさを含んでいる。彼女が作り出すユートピアは、一過性だからこそ、より愛おしく感じてしまうのだ。
それは青春時代へとタイムスリップさせ、「あの頃はね」なんて語り合うような古臭い懐古趣味的なものではなく、もっと壮大なものへと裾野を広げる。つまり、人生は過ぎ去って行くものであり、不可逆的であり、巻き戻せないということ。福島県いわき市出身の彼女は、高校生の頃に東日本大震災を経験した。そのときに「いつか終わってしまう」感覚を身をもって体験した。
震災後、生きることは有限であると強く悟ったとき「なにか面白いことをしなければ」と上京し、通ったのは美術系の専門学校、グラフィック・デザイン専攻だった。「全然デザイン上手くなくて、周りすごいなって思いながら日々を過ごしていて。先生たちにも課題せっつかれたりして。落ちこぼれでしたね」。
すべてを変えるきっかけとなった写真新世紀には、友人たちと過ごした楽しい時間を詰めんこんだ。そして、佐内正史氏の目に止まり、優秀賞を受賞。現在は、パーソナルワークに加えて、ファッションストーリーやポートレートなど、数種類のフィルムカメラを使い分け、さまざまな分野で活動している。
リアルで、生々しくて、パーソナル。剥き出しで迫ってくる写真たちは、彼女が所属している世代の”逞しさ”を代弁している。
スナップチャットは10秒で消えてしまう。だからこそパワフルだ。時代は一瞬一瞬を大事にするほうへと、刹那的なハッピーを引き延ばすほうへとシフトしている。暴力的なまでの支配者である”時間”に対抗すべく、次世代の才能たちはほぼ反射的に戦いを挑んでいる。
ブッカー賞作家のカズオ・イシグロは『記憶とは死に対する強力な対抗手段のひとつである』と語っている。
「今、この一瞬しかないと思って、撮っています」という覚悟があるからこそ、彼女の写真は記録=記憶を超え、ハッピーで愛おしい夢さえをも見させてくれるのだ。
草野庸子
1993年生まれ、福島県出身。桑沢デザイン研究所卒。第37回写真新世紀優秀賞(佐内正史選)を受賞し、2015年には写真集「UNTITLED」を自費出版。ファッションをはじめ、様々なジャンルで活動を行っている。2017年の年明けには、自身二度目となる個展と二冊目の写真集リリースを予定している。