イギリスで最も権威ある文化団体のひとつである、イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)。その長となった34歳の女性クレシダ・ポロック(Cressida Pollock)は、良い意味で期待を裏切り続けてきた。ケンブリッジを卒業した彼女は、20代の若さで因習的に男性の力が強い投資銀行業務や経営コンサルティングなどの分野で活躍し、ドバイでの石油掘削やインドネシアでのヤシ油流通などに関わったのち、ザンビアの保健省でHIV撲滅運動の手助けをしたという。ロンドンに帰ってきてからは、ENOでの仕事を得るべく奔走し、瞬く間にこの団体の虜になった。かつてリビングに忍び込んでオペラのビデオをこっそり見ていたというこの思慮深きCEOは、今その過去を振り返って、現在の立場を運命だととらえている。実際、NTSラジオで週1のオペラ番組が始まるなど、時期は熟してきた。だが、まだ若いこの女性は、そもそもどのようにして大都会ロンドンでCEOの座を勝ち取ることができたのだろうか。その秘訣をちょっとのぞいてみよう。
なんでもかんでも一度に理解する必要はない
卒業したのは24歳のとき。投資会社でジュニア・パートナーとしての仕事を始めたわ。最初の週に、会議に出るように言われたの。すべき質問とか、そういう仕事のコツを学んでほしいという意図でね。大手の銀行と会議をしたんだけど、うちのチームからは私以外誰も行かなかったの。会議の場にいたのは、私と、その銀行の重役たち、つまりバリバリのビジネスマンだけ。床がぱっくり割れて、そのまま飲み込まれちゃいたいと思ったわ! だいたいその会社のことすら何も知らなかったから、20分後くらいにどうしようもなくて、こう言っちゃったの。「あの、本当に申し訳ないんですが、私はアシスタントとして参加する予定だったので、これ以上お時間をいただくべきじゃないと思うんです」。向こうはとてもいい人たちで、状況を理解してくれたわ。だから、その機会を利用して、どんな質問が一番いいと思うか聞いてみたの。その日彼らが教えてくれたことを、投資会社時代ずっと使わせてもらったわ。
自分を実際より強く見せることもできるけど、正直に知らないって言うほうがいいこともある。あのときの有力なCEOはずっと私のことを覚えていてくれて、その話をするのが大好きだったわ。ときには、そうでもしなければ得難いつながりを得ることもできるのよ。
信頼できる人になる
ハイレベルな業界で働く若い女性は、多くの男性にとって、闘争心もなければ恐怖も感じない歓迎すべき話し相手になる。話を聞くスキルもアップするし、自分が優位になるように話を運べるようになればOK。ほとんどの人は敬意を持って接してくれるけど、ひどい状況になって対処しなきゃならない場合もあるわ。難しいのは、上に立つポジションを目指し始めたとき。この一歩には困難がつきものよ。権力構造を自ら変えていかなければいけないから。私はすごく上の立場にある女性たちと働くことができたから、とても運が良かったわ。会議で彼女たちのボディランゲージを見ていればいいの。自分の力を周りの人に信頼してもらわなければならないでしょ。会議でどんなふうに座るかということから話し方まで、すべてが問われるのよ。女性は前かがみになりがちだけど、彼女たちはもっとオープンなボディランゲージを使ったわ。練習して、自信を持って話しているように振舞えなければいけない。女の人って、何にでも対処できるようにかなりがんばって準備をするんだけど、私が一番勉強になったのは、すべてを理解する必要などないと思えるだけの自信を持ち始めたとき。だって、そんなこと誰もできないんだから。
自分が信じていることをする
ロンドンには16歳のときやってきたの。クリエイティヴ・アートにとって世界最高峰といえるこの都市の中心、ヴィクトリアの近くに住んでいたのよ。でもおかしいじゃない、私にとって、劇場やライブに行くことはすごく日常的なことなんだけど、ロイヤル・オペラ・ハウスはいつだってちょっと“大人な場所”だった。劇場の改築が終わってから父に連れられていったことがあるんだけど、それが壁を壊してくれたのね。それ以降はよく通うようになったわ。学校のあと、学生料金のチケットを買って行くの。バレエやダンスの公演を見に、サドラーズ・ウェルズ劇場にもよく足を運んだわ。のちに経営コンサルタントになった私がENOの計画を耳にしたとき、その頃のことが運命のように感じられたものよ。「その仕事をやりたい。その計画を回してみたい」って思ったわ。休暇中だったのを早めに切り上げて帰ると、私はその案件の人事を取り仕切っている人たちのところに行って、まあつまり、ぎゃあぎゃあうるさく言ったわけ。1週間後には、その人たちは望みのポジションを私にくれたわ。キャリア的に見ても、ちょうどいい時期だった。この素晴らしい団体自体にも、やっていることにも、大きな信頼を寄せていたわ。完全にのめりこんでいったのよ。
自分らしく行動する
最初にENOのCEOに就任したとき、私は32歳。団体は方針転換をし始め、既存のオペラに異を唱えようとしていたところだった。だけど、当然のことながら、驚きから猜疑心まで、ありとあらゆる反応を目にしたわ。私はオペラ界の出身ではないし、最近10年オペラを演じ続けてきたわけでも、音楽家や歌い手として活動しているわけでもなかった。だから、みんなと話すことで常に学び続けたの。はっきり言うと、団体のいろいろなことを私の世代のスピード感に合わせたのよ。私、巨大なマーケティング戦略に屈することなく、カルチャーに影響を与える新進ファッションブランドが大好きなの。ナショナル・シアターやヤング・ヴィクといった劇場も、こうした施設が自らの裾野を広げようとする試みも好きよ。私にとって、オペラの一番の魅力は、現実に起こるライヴアートだという点。レコードや本に愛情を注ぐ人がいるでしょう。それって、手間のいる手作りのものに立ち返るという動きよね。だったら、歌い手たちも特別な存在として称賛する必要があるわ。オペラでは、マイクやアンプは使わない。聞こえるのは生の声だけよ。そして、どの声もユニーク。同じパフォーマンスは二度と見られないの。今、うちの劇場では、20ポンドのチケットを毎晩500枚販売しているわ。もっと多くの人にこの素晴らしい芸術を見に来てほしいから。去年はデーモン・アルバーンとアニッシュ・カプーアが制作に関わったのよ。今は初めてのチャーリー・パーカーを題材にしたオペラを上演しているし、来年はハックニー・エンパイアとも組むの。いつも新しい境地に突き進んでいるみたいな気がするわ。NTSの番組もいい例よね。ただただ、ワクワクしちゃう。