最新テクノロジーと音楽を融合させたプロジェクト「ビョーク・デジタル(Björk Digital)」は、ヴァーチャル・リアリティが与える感覚的な表現にフォーカスした展覧会で、現在はロンドンのサマセット・ハウスで開催されている。この企画のプロデューサー、ケイティ・ヴァイン(Katie Vine)。彼の仕事は、複雑で芸術的なアイデアを展示できる形に落とし込むことにある。アンドリュー・トーマス・ホワン(Andrew Thomas Huang)やジェシー・カンダ(Jesse Kanda)といった気鋭の映画監督たちと共にビョーク本人が企画をしたこの展覧会は、ありふれた日常から観客を引きはなし、壮大なヴィジュアルと音楽的な浮遊感に満ちた世界へと誘う。2011年のマンチェスター国際芸術祭でもビュークと共に「バイオフィリア・プロジェクト」を開催したヴァイン以上に、展覧会の企画やプロデュース業に興味がある人にアドバイスするのにうってつけの人物はいないだろう。
展覧会の企画やプロデュースをするようになったきっかけを教えてください。
私のキャリアは劇場から始まりました。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーとロイヤル・エクスチェンジ・マンチェスターで10年以上にわたり、マネージャーを務めていたんです。2007年、とても幸運なことにマンチェスター国際芸術祭(通称:MIF)からフリーランス・プロデューサーとして働かないかとオファーをもらいました。それから、2009年にMIFへ戻り、2010年からはフルタイムで、今ではMIFの巡回展のプロデューサーをしています。
MIFがどんなことをしているかもう少し聞かせてもらえます?
この芸術祭では、ダンス、演劇、ビジュアルアーツ、デジタル作品、現代音楽にクラシック——あらゆるジャンルをクロスするような新しい形式の作品を展示し、アーティスト同士のコラボレーションが生まれるよう促しています。すべての表現形式はそれぞれ独自の言語を持っており、異なる仕組みで運営されています。MIFで経験上、私はその異なるジャンルの人たちがお互いにコミュニケーションをとれるようにつなぐパイプ役をするんです。例えば、今もMIF2015が主宰するコンテンポラリー・バレー公演のツアーを行っていますが、これは振付師ウェイン・マクレガーとヴィジュアル・アーティストのオラファー・エリアソン、ミュージシャンのジェイミーXXとのコラボレーション企画になっています。
そのような世界で働くためには、どのような気質が必要だと思いますか?
一生懸命、長く、一般の人とは違う時間帯で働く覚悟とユーモアのセンス。それから細部まで気配りをすることができ、知識があること。機転が利き、仕事を楽しむことができることも大切な気質ですね。
「ビョーク・デジタル」のプロデュースをするに至るまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか?
ビョークとMIFの関係は、2011年の芸術祭で「バイオフィリア・プロジェクト」のワールド・プレミアを、アイスランドの24の聖歌隊と共に行ったことから始まりました。そのプロジェクトでは、特別に発明した楽器を使い、うっとりするような自然界の映像と低音のテスラコイルが、会場のビクトリアン・マーケット・ホールを囲みました。彼女は2015年のMIFにも参加し、『ヴァルニキュラ』のヨーロッパ・プレミアを行っていました。なので、彼女のチームがシドニーで開催する「ビョーク・プロジェクト」のプレミアとその巡回展をMIFに手伝ってほしい、と依頼されたのは自然な流れだったと思います。
これほど大規模な展覧会をどのように作り上げていったのでしょうか? また、ビョークはこのプロジェクトにどのように関わったのでしょうか?
ビョークはこの企画に深く関わっています。来場者が目にするすべてのものをキュレートしています。展示品はもちろん、共同制作する相手、作品が置かれる位置や来場者がどのような体験をするかなど、彼女のアーティスティックな視線はあらゆる方向に向けられていました。
空間や規模によって何ができるか、できないかは相当考え抜かれたのでしょうか? 展示会場が混みすぎるということはありませんか?
この展覧会は、一度に鑑賞できる人数をあらかじめ決めて、それに最適化したデザインとキュレーションをしています。なので、混みすぎることはありません。ビョークは鑑賞者が旅をするような体験ができるようにと考えたのです。25人がひとつのグループとなり、展示を見ていくのですが、彼らは同行者たちと一緒に、それと同時に、それぞれが個人として作品を体験することになります。そして、展示の最後にはリラックスできる展示空間が広がっていて、鑑賞者は好きなだけその場にいることができるという流れです。「ビョーク・デジタル」に関わったすべての人間は、この展示を通して鑑賞者との“親密さ”を保つことが何より大切だと感じていましたから。
VRビデオなどを用いたインタラクティブな展示をプロデュースする際に技術的に問題となるのはどんなことでしょうか?
ロンドンのサマセット・ハウス、シドニーのキャリッジワークス、日本の科学未来館と、「ビョーク・デジタル」展はどの国でも大変美しい会場で展示をしてきましたが、展覧会の内容は参加者がヘッドフォンを通して体験するものです。なので、作品や取りテクノロジーによって、参加者を没入させる必要がありました。日々進化を続ける最新のテクノロジーを用いるのは挑戦でもありましたが、HTC Vive、AMD、インテル、バウアー、ウィルキンスらと良い関係を築くことができ、普段こういった最新の技術に触れる機会がない人々へ素晴らしいアートワークを届けることができました。2011年、ビョークとの初の共同プロジェクトだった「バイオフィリア・プロジェクト」でも、そこで構築したアプリを、私たちはマンチェスターの小学校に持って行きました。その学校の子供たちは、世界で最初に「バイオフィリア」のアプリを体験することになり、そのなかでビョークが考える音楽の新しいアイデアや最新技術に触れることができたんです。
ビョークはなぜ展覧会という文脈のなかで活動するのだと思いますか?人々がお金を払ってまでその人の展示を見たいという現代のポップスターは、あまりいないですよね?
そうした展覧会に行くと、そのアーティストがつくる作品をより詳しく知ることになります。「ビョーク・デジタル」では、参加する人が独自の方法でビョークを体験できることが不可欠でした。彼女のライブを見たり、音楽を聴いたことがある人は多いかもしれません。しかし、この展覧会は『Vulnicura』の世界を探索する仕掛けになっているのです。ビョークが歌う「Stonemilker」を聴きながらアイスランドの浜辺にひとり佇んだり、「Mouth Mantra」を歌う彼女の口元に登っていくこともできる。「ビョーク・デジタル」やV&Aで開催されたデヴィッド・ボウイの回顧展「David Bowie is」のような展覧会は大きな成功を納めています。それは、彼らの作品が大きな広がりを持っているということだけではなく、彼ら自身が明確なヴィジョンを持ち、未知の領域や新しいアート形式の実験へと自らを追い込むことのできるアーティストだからです。ビョークは、これまでも常にアーティストとしての限界を推し進めようとしてきました。私が思うに、彼女はこの“展覧会”を、私たちが音楽やアートを享受する方法の次なる——合理的な——ステップとして捉えているのです。