スナップで切り撮る、トーニェ・ティールセンのユートピア

ベルリンを拠点に活動するフォトグラファー/アーティストのトーニェ・ティールセン(Tonje Thilesen)。その創作の源は音楽だという。マチュピチュの美しい日没より、フランク・オーシャンやポーティスヘッドのほうが、彼女のイマジネーションを強く、荒々しく波立たせるのだ。

ティーンのとき、トーニェが深い興味を示したのは昆虫学だった。故郷オスロの森や小川、湖を巡り、何時間も昆虫の写真を撮っていたという。そこかしこに広がる美しい自然だけではなく、ハードコアパンクの街としても知られるオスロは、その両面でトーニェの創造力を刺激したのである。違法クラブイベントからベルリンの音楽ブログまで、世界中のアンダーグラウンドな音楽シーンに広がる好奇心は、彼女を突き動かし、南アイスランドや、アリゾナの砂漠にある実験都市アーコサンティなど、ありとあらゆる場所に向かわせるのだった。

昆虫好きが高じて写真を撮り始めたそうですが、その理由は何だったのですか?

子供の頃はたくさんの時間を自然の中で過ごしたわ。私が育ったノルウェーの森や山で。そうするうちに、昆虫の写真を撮るのがすごく楽しくなってしまったの。肉眼では見えない微細な対称性や色合いも、レンズを通せばとらえられるから。昆虫を撮るのって、本当にやりがいがある。それに今でも虫が大好きよ。ずっとね。たぶんエイリアンっぽい見た目のせいだと思う。

あなたの撮る写真はどれも非常にソフトで、異次元のもののような雰囲気を持っています。それは意図してそうしているのですか? それともそれほど重要なことではないのでしょうか。

それについては、あまり考えすぎないようにしているの。そんなに写真に気をつかってないし(笑)。どちらかというと、熱心にやっていた趣味が仕事になっちゃった感じ。写真を撮ると過去に起こったことを思い出せるでしょう? そうすることで、その出来事が本当にあったんだって自分に証明しているんだと思う。そういうふうに切り撮れない記憶って、私にとって「リアル」じゃないし、そこに「価値がある」とも感じないの。それに、完璧な写真を撮る方法なんてあるわけがないじゃない。偶然とか、すごくいい光とか、それ以上に直感力がものを言う世界なんだから。

アリゾナやベトナムなど世界中のありとあらゆる地域へ、あなたは撮影に行っています。最も心を惹かれたランドスケープはありますか?

私の家族の故郷、北ノルウェーのランドスケープが大好き。それから、ここ3年、毎年春にアーコサンティを訪れているの。アリゾナ州の標高の高い砂漠地帯にある実験都市よ。1970年に、アメリカで活動していたイタリア人建築家パオロ・ソレリによって建設が始められたの。彼はアーコロジーという概念をつくり出した人でもあるのよ。都市化現象に対するアンチテーゼとして建てられたアーコサンティは、完全なるサスティナブルを目指した場所。LAを拠点に活動している友達のバンド、ハンドレッド・ウォーターズは、FORMっていう非営利のDIYフェスを、アーコサンティでやることを決めたの。2013年から出演ミュージシャンを集め始めたんだけど、入場料は無料なのよ。ただし、アーコサンティの居住者に配慮して、入場者数には制限があるけどね。とってもステキで、意味のあることよ。特に、ここ最近のフェスでありがちな、企業がらみの運営を考えるとね。

ミュージシャンなどのポートレイト以外に、テーマに沿ったフォトシリーズも撮影していますよね。どちらがより印象に残っていますか?

最新の音楽とアートシーンについての雑誌の記事の撮影で、去年の4月にパキスタンのカラチに行ったの。撮影した人たちの何人かとは、2012~13年にネット上で知り合っていたわ。カラチを拠点にしてる2つのレーベルを偶然知ったから。1つはForever Southといって、ダイノマンとルドーという2人のエレクトロ音楽プロデューサーが運営しているの。もう1つのレーベルの名前はMooshy Moo。エクスペリメンタルなレーベルで、ダルト・ウィズニーと名乗るアーティストが仕切っていたわ。シーンの中心となっていたのは、T2F。オルタナティブな左翼のコミュニティが集う場所で、パキスタンの女性活動家サビーン・マフムードが運営してた。ちょっと違法クラブみたいな雰囲気で、地元のイラストレーターや画家が描いた絵に混じって、オールドスクールなフェミニスト運動のポスターが壁に貼られていたわ。本棚には、政治関係やパキスタン文学の本、手づくりのジンがびっしり詰まっていて。私がカラチを訪れてから3週間ほど経った4月24日に、サビーン・マフムードが射殺されたの。T2Fを出てすぐのところで。彼女の母親も銃撃に巻き込まれて被弾したんだけど、助かった。サビーンの政治的思想と、彼女が目指した自由に対する、暴力的な回答ね。

そんな悲しい事件を、どうやって乗り越えたのですか?

彼女のコミュニティと私自身に、あの事件は厳しい現実を突きつけたわ。私はどんなに自分が恵まれているか思い知らされた。カラチにいる私の友達は、親友と良き指導者を失っただけじゃなくて、クリエイティブな地下組織から発せられる勇気ある意見と、パキスタンでの発言の自由も失くしてしまったの。私個人にとっても、とてもつらい時期だったわ。こういうことがあると、自分の一挙手一投足に疑問を感じるようになってしまうから。仕事面でも、メンタル的にも、すっかり力が抜けてしまって。孤独感っていうのかしらね? 1人でハードなパンクロックを聴いて過ごす時間が多くなった。ニュース記事もたくさん読んだ。でも、大切に思う人との時間も持ったし、それが助けになって集中力を保つことができたんだと思う。

あなたの写真のコアにあるのは音楽です。その中で一番好きなのは誰ですか?

音楽はいつも人生の真ん中にあるわ。撮影のメインテーマがネットで知った音楽シーンのドキュメンタリーになることもあったし、ミュージシャンを撮るために今まで行ったことのない場所を訪れることもあった。音楽や映像みたいに感情に訴えるアートのほうが、私の心には響くの。スロウダイヴやポーティスヘッド、R.E.M.や、そのほかにもたくさん! フランク・オーシャンの『Endless』や『Blonde』には、本当に感動しちゃった。

ほかに、知られざる趣味はありますか?

おいしい食事を食べること! それにしかお金をかけようと思わないくらい。旅や、未知なる場所を見ることに似ているかも。だって、自分で料理するとなったら、同じくらい大変なんだもの。それ以外だったら、ゲームね!

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