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デザイナーやアーティスト、学生たちのインスピレーションを長年刺激し続けてきた、ロンドン随一のアイコニックな書店〈クレール・ド・ルーアン〉。その共同経営者のルーシー・ムーアが紹介してくれたのは、女性のセンシュアリティを賛美するこの5冊。

ロンドンの書店〈クレール・ド・ルーアン(Claire de Rouen)〉は、2005年のローンチに際し、巨匠フォトグラファー、ブルース・ウェバーのパーティをホスト。以来この店は、その商品やイベントを通して現代カルチャーシーンの一角を担い続けてきた。ひとたびここに足を運んだなら、アートやファッション、写真などに関する専門的な知識が増えたような気分になること請け合いだ。最低でも、さまざまな時代の表現者たちがイメージや文字を通して伝えていることから、何らかのインスピレーションを得ることができるだろう。

この書店を立ち上げたのは故クレール・ド・ルーアンだが、今は共同経営者、ディレクター、そしてアーティストでもあるルーシー・ムーア(Lucy Moore)が、細かなキュレーションのすべてを担っている。ニッチな作家から超有名人に至るまでを網羅したその魅力的な雑誌と書籍セレクションの一部を紹介すると、日本人フォトグラファー伊島薫の『死体のある風景』、ウィリアム・エグルストンによる『5 x 7』や、ヘアスタイリストのグイド・パラウが90年代に手がけたヘアスタイルのコレクション『Heads: Hair by Guido』などが挙げられる。ルーシー自身のアートに関する知識も膨大だ。ケンブリッジ大学で建築と美術史、チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインでファインアートの学士号をそれぞれ取得したのち、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで絵画の修士号をも手にしたのだから。そして今、その貴重な知識を分け与えるべく、〈クレール・ド・ルーアン〉での仕事のほかに教鞭をとったり、書籍の出版や書店でのイベントなども精力的に行っている。ルーシーは、自身が知性や探究心、情熱を注いでキュレーションしているものを体現したような女性なのだ。

そんな彼女が今回紹介してくれたのは、女性のセンシュアリティを賛美するお気に入りの5冊。今やそれほど秘密ではなくなってしまったものの、知る人ぞ知るロンドンの名書店の奥に座って、その話を聞いた。

〈クレール・ド・ルーアン〉が考える美とはなんでしょう。

きちんとして、絵画的で、ロマンティックで、エロティックで、分析的で、ポップで、弁解がましくなくて、誠実なもの。

最初にこの書店と関わるようになったきっかけを教えてください。

クレール・ド・ルーアンに紹介されたのは、2010年ね。そのとき付き合っていたネッド・ウィルソン(Ned Wilson)の友達の友達だったの。すぐに彼女の店に、そして彼女自身に心を奪われたわ! 彼女はグラマラスで知識が豊富でシックだった。それにお店では、本もジンも雑誌もとても丁寧に整理してあったの。そうすることで、ステキな小さいスペースの中でも、無数の世界とめぐり合うことができるようになっていたのよ。そこに垣間見えるのが、豊富なアイデアや美、写真によって掘り下げられたイメージに対する彼女の興味、そして挑みかかるような強い作品に対する彼女の情熱。そしてそれこそ、私が彼女に惹かれた一番の要因なの。

〈クレール・ド・ルーアン〉が考える本または出版物とはどのようなものですか?

本や雑誌に関しては、中身が一番大事だと思っているの。いつも、この本または雑誌は本当に“必要”かどうか自問するのよ。何か新しいことを伝えてくれているかってね。すごく大切なことよ。でももちろん、デザインやプロダクションも大事。内容ためのプラットフォームとなるものだし、立ち位置やテーマの大部分を物語るから。お金をかければいいというものでもなくて、その本に合っているかどうかが重要よ。例えば、エド・テンプルトンの作品は観察的で、知識欲に満ち、物語風なんだけど、最近出版された蛇腹状にデザインされた本は、この雰囲気にすごく合っていると思う。サブカルチャーやフェミニスト的考え、エロティシズムや美の歴史に触れている本が特に好きなの。この書店は写真やアート、それにファッションなんかの本を揃えてるって言われているけど、散文や詩、ノンフィクションの本も取り扱っているのよ。一例を挙げると、〈フィッツカラルド・エディションズ〉から出た本はすべて揃えているんだけど、ここの本はフィクションやノンフィクションなの。でも本当に素晴らしいのよ。それにクリス・クラウスの作品もずっと大好きだから、彼女の小説も置いているし……。これは私が犯した“ルール違反”のほんの一例よ。

ほかにも“ルール違反をした”と思うようなことはありますか?

今年、とても吟味してセレクトしたアクセサリーを店に置こうと考えているの。〈クレール・ド・ルーアン〉が主として扱っている本や雑誌のテーマや表現にぴったり合うと思うから。特に21世紀になってから、女性らしさやセクシュアリティ、エロティシズムに関する見方が変わりつつあることに興味を引かれているの(それを反映したのが、お店でやった〈Dark Summer〉というイベント。ちょっとエロティックな写真集をフィーチャーしたの)。それから、ネット通販用に〈FERN〉というブランドの扇子の取り扱いを始めたわ。伝統的な木製の扇子を現代ふうにアレンジしたものなんだけど、型にはめられてきた扇子の使い方や、かつての社会で女性が男性に向けて送った気のある視線に想いを馳せることができる一品よ。

アーティストとしてのあなたのキャリアは、今の自分にどのように影響していると思いますか?

〈クレール・ド・ルーアン〉で扱っているすべてのものが持つ大切さに、私は深くコミットしているの。大切さというのは、作品そのものや、ジェンダーの平等に対すること、美の言説、あるいはただ心からの喜びとか、さまざまなものを指すんだけど。この想いは、自分がアーティストとしてつくってきた作品と自然につながるものだと思っているわ。アーティストの“作品”はすべて今の文化と何らかの繋がりを持っていなければならないから。

ご自身と本の関係はどのようなものなのでしょうか?

私と本の関係は、記録を保存するようなものなの。立ち上げのたびに何冊かを保存して、著者である写真家にサインをしてもらうのよ。コーリアー・ショアやビル・ヘンソン、ヴィヴィアン・サッセン、ヴァレリー・フィリップス、ティム・ウォーカーやリナ・シェイニウスなんかに頼んだわ。センチメンタルな意味もあるけど(写真家本人に書いてもらった言葉は、私にとってすごく意味があるの)、今まさに私たちが生きている時代の新しい本の“歴史を保管”するという意味もあるのよ。

目的をもってコレクションすることもあるわ。ニック・ナイトやマーク・アスコリ、ピーター・サヴィルが80年代につくった、〈ヨウジヤマモト〉のカタログを集めているのよ。それから、エロティックなイメージに関する本もコレクションしているし、マーク=カミーユ・シャイモヴィッツやウィリアム・エグルストンといった個人のアーティストの本も集めてるわ。

あなたはロイヤル・カレッジ・オブ・アートや、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションなどの学校で教鞭をとったり、ファッションやアート関連の幅広い出版物に寄稿したりしています。それらの経験は〈クレール・ド・ルーアン〉での役割にどのように影響を与えましたか?

最近はそれほど教える仕事をしていないの。〈クレール・ド・ルーアン〉の出版部門を新しく立ち上げることに集中したいから。でもまたやってみたいとは思っているのよ。教え子たちも、論文を書いたり、インスピレーションを得るために書店にしょっちゅう立ち寄ってくれるの。教えることによって学生たちがどんなことを勉強しているのかわかるから、彼らの研究を効果的にサポートすることができるし。〈クレール・ド・ルーアン〉は、ロンドンでアートやファッションを学んでいる学生がその一翼を担っているカルチャーの一部なの。だから、彼らが問い合わせてくるようなことに注意を払うのは、とても大事な仕事よ(そして教えることでそこにアクセスできるの)。

そして、書くことによって、書店で扱っている出版物のアーティストやデザイナーについて、もっと深く考えることができるわ。私はアーティストになるための教育を受けているけど、今は絵をかいてはいない。でも、書くことでクリエイティヴな欲求を満たすことができるの。それに、何が大事なのかを理解することができるような気がするわ。書くことが、直接対象物と関わる手助けになるの。私が教えたり書いたりすることで、〈クレール・ド・ルーアン〉はより良い書店になるのよ。

あなたにとって女性らしさとは何でしょうか。

ジェンダーの平等によってもたらされる一番大事なことは、女性とはこうあるべきとか、こう考え、こうふるまうべきとかいった固定観念の排除よ。女性らしさという言葉は、再定義する必要があるでしょうね。だってこの言葉は、ほとんどの場合、男性が女性のクオリティを自分の好みで表現するために使うものだもの。「女性に特化したクオリティへのコミットメント」とでも表現すればポジティヴに聞こえるかしら。とっても抽象的だけどね!

すべての女性に対して言えるわけじゃないけど、私が女性らしさを表現するとしたら、直感的な判断への自信、自らのセクシュアリティに対するコミットメント、他の女性との競争を避けること、そして自分なりの野望があるということ、という感じかしら。

あなたがシンパシーを感じる女性は誰ですか?

今、まったく違う立場の女性から特にインスパイアされているの。ひとつはすごく親しい友達で、最近母親になった人たち。その役割を彼女たち自身のやり方で全うしようとしているわ。それから、幸運なことにお近づきになれた、年上の女性たち。彼女たちには子供はいないけど、仕事での成功、旺盛な独立心、お互いを愛し尊敬しあえる数えきれないほどの友達がいて、すごく充実した人生を送っているの。女性に伴侶や子供がいることを期待したり、それを彼女たちの“成功”の基準にしないというのは、とても大切なことよ。残念ながら、今でも欧米社会ではそんな考えがまだまだ残っているけど。

私の大事な友達であり共同経営者でもあるクレール・ド・ルーアンとリリー・コールは、いつも私を刺激してくれる。

写真やファッションで言えば、最近ダナ・リクセンブルク(Dana Lixenburg)の写真作品がいいなと思うようになったの。彼女は今、ドイツ証券取引所写真賞にノミネートされているんだけど、賞をとれればいいなって思ってるわ。アーティストでファッションデザイナーのグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)も大好きな作家の1人よ。

あなたがしていることすべてに共通する大切なこととは何でしょうか。

自分自身でいることの価値ね。ロンドンのコンウェイ・ホールの中にこんな碑文があって、よく思い出すのよ。“自分自身に正直であれ。”

3. You Must Make Your Death Public, ed. Mira Mattar, published by Mute

Chris Kraus wrote her novel I Love Dick in 1997 and because a new English edition was published recently, everyone has been reading it again! To me, Kraus proposes a whole new language to articulate female power in I Love Dick (and isn’t it so brilliant that the man in question is really, in real life, called Dick..?). This book collects together all the talks and media presented at a symposium on Kraus held at the Royal College of Art in March 2013.

4. Mirrors of the Mind by Meret Oppenheim, published by Kerber

Meret Oppenheim’s Breakfast in Fur (1936) is an artwork I first learnt about when I was studying Surrealism as part of my degree in History of Art at Cambridge. This strangely animalistic domestic-turned-ritual object seemed so evocative of sex and perversity – and it was also hilarious! And the psychological dimension of Oppenheim’s work has continued to inspire me, along with that of two other great female artists – Isa Genzken and Louise Bourgeois.

5. Surfacing by Katinka Goldberg, published by Journal

I discovered this book at a book fair in Paris years ago. It’s about the relationship between Goldberg and her mother – about a very singular form of intimacy and the struggle for independence that always occurs within this precious dynamic. 

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