クラシックのエッセンスを添えた、新機軸サウンドを探る

活躍の場を世界に広げる、〈ワープ・レコーズ〉屈指の多作サウンドクリエイター、ミラ・カリックス。最近は〈ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー〉で公演された最新バージョンの舞台『Julius Caesar』の作曲を手掛けている。従来の手法にとらわれないクラシック音楽へのアプローチ、そして聴く者の感覚を揺さぶるそのサウンドの秘密を、ここに解き明かす。

ありきたりな経歴ならいらない

私、音楽をちゃんと勉強したことはないの。完全に独学よ。いろんなメディアで仕事をしたけど、すべては音がどんなふうに周囲の環境を駆け抜けるか、もしくは空間の中でどういう働きをするかということに帰結する。ずっと建築に興味があるのよ。ホントに視覚から入るタイプなのよね。それに、自分が何をしたいかを知っている必要はないと思ってる。何かをつくらなきゃいけないから、つくってるの。それをしないでいたら……すごく難しいでしょうね。視覚的なアート、コラージュ、映画作品、それから皮肉。そんなものがしっくりくるの。いっとき、音楽ばかりつくっていた時期があったんだけど(もちろん仕事よ)、今はそういうほかのものもすべてやっているの。フィジカルなインスタレーションもね。

仕事で作品をつくるときは、自分が完全にやり方をわかっていないものしかしないことに決めているわ。おかしなことだっていうのは、わかってる。舞台の経験なんてまったくない私が、ふたつの超有名な劇場と組んで、クラシック音楽の作品をつくったんだから。もちろん、そういうときには「なんて罰当たりなことをするやつだ」っていう人もいる。だけど、劇場って意外とオープンなんだって思ったわ。

焦ってはダメ

つくられるために存在するものもある。そういうものは、あちらから求めてくるのよ。そしてあるとき突然、自分がやっていることすべてがそれをつくるためにあるんだって気づくの。その理由ははっきりしなくても、それがいいアイデアだってことや、ずっと残るだろうってことはわかるの。今まで私が手がけてきたものは、ほとんどがアイデアをかたちにするのに何年もかかった。何百万っていうアイデアが頭の中でひらめいたり消えたりしていたとしても、かたちになるものはずっと心の中に残っているの。

私って、根っからのタイミング信者なのよ。何かが起こったときが、それをやるベストタイミング。例えば、2年前にシドニーで発表した「Inside There Falls」という作品は、私のキャリアの中で最大の規模を誇るものなの。1.5km分もの紙をスピーカー180個のサウンドシステムにつくり変えて、機械工場みたいに巨大なそのギャラリーを埋め尽くしたわ。紙が天井から垂れ下がっていて、そのあいだを歩くんだけど、そうすると音が自分の横を通り過ぎていくような感覚になるのよ。制作に3年を要したけど、アイデアがひらめいてからだと5〜6年越しのプロジェクトだったんじゃないかしら。

音楽は素材のひとつ

音というのは、空間を通り抜ける波長よ。振動ね。だから、立体作品のようなものだと思っているの。素材自体がものをいう分野だから、アイデアもそれを中心に展開されていくわ。ただ、ときには物語に沿ってに発展していくこともある。『Julius Caesar』では、素材について考えるところから始めたわ。監督は、私がよくわからないすごく細かい部分をデザイナーと詰めていったの。表面上はすごくローマ時代っぽく見えるのよ。円柱もあるし、みんなトーガを着ているし。でも、そのトーガはほんの少し本来のものと違っていて、円柱も実はスターリン時代のものにそっくりなの。ブルータリズムね。監督はそんなちょっとしたひねりをすごくおもしろがっていたから、私のアイデアもそれをとっかかりにしたのよ。彼はこんなことを言っていたわ。「この舞台は、ある特定の時代のものじゃない」。だって、正直なところ、『Julius Caesar』は、私たちがつくりあげたものだから。私が音楽を手がけるなら、波長はぴったり合うはずよ。

楽器の編成はごく早い段階で決めておかなければいけなかったから、金管五重奏にすることにしたわ。舞台の床は金属になるみたいだったし、それを踏まえて金管楽器を使いたいと思ったの。演奏者は舞台の上の両サイドに配置したわ。つまり楽器がダブルであるというわけ。そして音楽もとても空間的につくったから、それらすべてがドップラー効果もしくは対位旋律を生み出すの。あちら側のトランペットと、こちら側のトランペット。また違う場所でユーフォニアムが音を奏で、空気が震える。空間を使うということね。

まずはリサーチから

ショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」に立ち戻ったの。スターリンがひどい悪者だって思われていた時代に書かれた曲よ。でもそのあと、ヒットラーの方がよりひどい悪者だってことになったけど。そんな時代に、人々を癒し、そして体制に反旗をひるがえすために、この曲がつくられたのよ。演奏者たちが力を合わせて、戦火にさらされていたレニングラードで演奏したの。興味深いことに、同じようなことがつい最近シリアのヴァイオリニストやボスニアのチェリストたちのあいだでも起こったのよ。そうした地域における音楽のあり方に、とても興味がわいたわ。頭の中にあったそんな事がらに呼応するように、私自身が手掛けたこの曲の中にナラティヴな要素を加えたのよ。誰も(ショスタコーヴィッチに心酔している一部の人や、音楽学者を除いて)そのつながりには気がつかなかったみたい。ショスタコーヴィッチのアイデアを拝借したわけじゃないのよ。何もないところから曲を作り始めるのではなく、彼という人物をスタート地点にしたというわけ。

それから、アメリカ軍の新兵たちがどんな音楽を聴いているかというリサーチもしていたわ。活動に向かう前に、キャンプの中でどんな音楽をかけるのかってことよ。ランキングや、今聞いている音楽について掲載しているブログをのぞいてみたら、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやデスメタルをすごく聴いていることがわかったわ。アンビエントミュージックやクラシックなんかの、すごく穏やかな音楽を聴いている兵士も1人いたけど。その人は、自分の心を静めるためにそういう音楽を聴くんだと話してくれたわ。ほとんどの人は、自分を鼓舞するような音楽を聴いているのに。すごく彼に興味を惹かれたから、そのほかのことについても調べてみたの。3日くらいかけたんじゃないかしら。監督には笑われたけど、『Julius Caesar』の戦争シーンでつかった音楽にはすごく影響したのよ。現代の人が聴いているすごく攻撃的な音楽と、荘厳な金管楽器が混ざり合った、とても大胆な音楽よ。

枝を投げること

作業の多くは孤独なものよ。パソコンの前に座ってるだけ。監督との打ち合わせもたくさんあるし、いっしょに舞台のセットを確認したりもするわ。そしてリハーサルが始まるんだけど、最初の2日くらいはヒマだったの。リハーサルの様子を録画して、SibeliusやDoricoみたいな譜面作成ソフトに落とし込んだわ。つまり映画みたいに絵に音楽をつけたの。エレクトロ部分の作曲には、Cubaseを使うこともあるわ。クラシックで使う楽器とエレクトロ音楽をたくさん融合させてみたの。今回の音楽には、私が“オーガニック・マテリアル”と呼んでいる類の素材も使っているわ。郊外に行って、枝を放り投げてそれを録音するの。自然が大好きだから、落ちているものを使ったり、鳥や虫の声を録音したりもする。そうした素材が集まったらひとまとめにするんだけど、だいぶ充実したアーカイヴになってきたの。ほかのプロジェクトでもう一度使いたいくらいお気に入りの素材もあるのよ。すごくいいキックドラムになる岩とかね。

観客を揺さぶる

何回かある戦争シーンは大きな見せ場なんだけど、みんなセリフがないから、音楽がその場を支配するの。指揮権は私にある。だから、監督にこんなことを言ったの。「空間に、大きなコンクリートスラブみたいなものをつくりましょう」って。彼にその意味がわかったとは思えないけど、それでいいってことになったのよ。そんなわけで、そのシーンにはサブベースが多用されているわ。席の下から、劇場の後ろ側に向かって超低周波が通り抜けるの。舞台の前半が終わるときに、そのサブベースを感じることができるわ。でも音を聴くことはできないの。この仕掛けをつくったのは、劇場の中で音圧を動かそうと思ったからよ。

このシーンは大きなドローン音[訳注:変化のない単長音]が文字通り頭上から降り注ぐところから始まるの。下方から空気が吸い込まれていくのを、観客が実際に感じるのよ。すごくフィジカルな感覚を得ることができるわ。そして文字通り現実に引き戻され、外に出て飲み物やタバコ、おしゃべりを楽しむの。劇が上演されているあいだ、私はフィジカルに、そして音響的に観客を劇場中引っぱりまわすのよ。高周波や、超低周波を使ってね。劇場のスピーカーを駆使して、すごくフィジカルなセンセーションをつくりあげる。その瞬間が大好きなの。

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