ハナー・リードが伝授する、曲のつくり方

その音づくりで世界を震撼させてきたロンドン・グラマーのシンガー、ハナー・リード。数々の賞を勝ちとってきたそのクリエイティヴな感覚世界を紐解いた。

グラスゴーのウェストエンドにある改修した教会の地下で、ロンドン・グラマーのリードシンガーであるハナー・リード(Hannah Reid)は、私たちに昔のディズニーの音楽が好きなのだと打ち明けた。「ホントなの。オリジナルの映画を何本か見てみて。音楽が素晴らしいんだから!」 ライブ前の奇妙な静けさを少しのあいだ興奮でかき消しながら、彼女はそう言った。「すっごく内容が濃いの」

本人曰く、お気に入りの一曲は「カラーズ・オブ・ザ・ウインド」。映画『ポカホンタス』の壮大で環境的な挿入歌だ。隠喩やアニミズム的要素にあふれた歌詞はハナーが書くそれと近く、夢のようなテーマもまたこの2者をつなぐ共通点だ。

これは意図したものだろう。ハナーは、この心躍るシネマティックなナンバーが、高い評価を受けている自身のソングライティングに大きく影響しているのだと話す。彼女とバンドのギタリストであるダン、そしてドラムとキーボード担当のドットは、2014年にシネマティックなバラード「Strong」で、アイヴァー・ノヴェロ賞を受賞しているのだ。そして今夜、誰もが心待ちにしていたバンドの最新アルバム『Truth is a Beautiful Thing』の曲が、イギリスのオーディエンスに向けてライブで初披露される。「緊張してるけど、ワクワクもしてるわ!」と彼女は私に言った。「今まで取り組んできた曲を人前で披露するのって、背負っていた重荷を下ろしたような気分」

聴いた限り、『Truth is a Beautiful Thing』の純粋な美しさは、前作のそれと遜色ないものだ。そして報われない愛と心の痛みをテーマとし、寓意性に満ちたその曲は、変わらずロンドン・グラマーのスタイルの核たる部分となっている。恋する人の心をものにするまでの道のりを歌ったバンドの最新シングル「Oh Woman, Oh Man」は、その好例と言えるだろう。「できることなんて何もない」とハナーは歌う。「だったら月を盗んでしまえばいい」。彼女しか表現し得ない、理解を超えた世界がそこにある。

あなたが書く一言一句をもらさず理解しようと夢中になっているファンに囲まれ、数々の賞を受賞するようなソングライターにどうやってなったのですか? 豊かでメランコリックな歌詞を書くコツ、スランプとの戦い、そして『アメリカン・ヒストリーX』の監督トニー・キーによって、自身の歌詞を映像化されることがどんなものだったのか。ハナーにそんな質問を投げかけてみた。

作詞を始めたのはすごく若いころだったわ……。

ホイットニー・ヒューストンやフリートウッド・マック、それにマイケル・ジャクソンが大好きだったの。母親がモータウンをよくかけていたし、私も映画のサントラを聴くのが好きだったから! そのころ、バカみたいな曲を書いていたのよ。覚えている限りで最初に書いた曲は、人生最初の彼氏にフラれたこと。14歳だった。今まで書いた中で最悪のテーマね!

私が書く歌詞はぜんぶ個人的なこと。ドットもダンも、ただそれを受け入れてくれているの……。

でもすぐに、その歌詞は彼らにとっても意味のあるものになるのよ。自分がつくる音を通して、歌詞の感情に彼ら自身をつなげるのね。歌詞から曲づくりが始まるときもあるし、でき上がった音を渡されて、それに歌詞をつけるときもあるわ。

私にとって、ソングライティングはすごく閉鎖的な作業なの……。

でも、(コールドプレイの)クリス・マーティンからバンドとして最高のアドバイスを受けたのよ。彼は「ヴァイオリンの弦がピンと張っていなかったら、音は鳴らない」って言ってくれたの。すっごく素敵って思ったわ。私たちはトラディショナルなバンドで、何を決めるにもみんなで判断する。(新しいアルバムの)制作は、それでもすごく孤独よ。ほとんどの場合、私たち3人しかいないんだもの。ああ、でも、(アデルやベックのコラボレーターでもある)グレッグ・カースティンと一緒にライティングのセッションをしたわ。

曲を書くのにはいつもプレッシャーがつきまとうの……。

以前、スランプに陥ったことがあるの。いつも何かを無理やりしようと思っているときに起こるのよね。だから、セカンドアルバムを出すのがこんなに大変だったんだと思う。2年半もツアーに出ていて、アルバムづくりに割ける時間も少ししかなかったしね。最高の曲って、完全にリラックスして不安もないときにできるんだって、心から思うわ。

私の(ソングライティングの)スタイルって、ぜんぜん構造化されていないの……。

私、歌詞はぜんぶノートに書いてるの。(でも)毎日曲をつくるタイプの人間じゃないのよ。書かなきゃって感じたときにしか書かない。だから(私が書くものはぜんぶ)これ以上ないくらい純然たる自己表現なのね。毎日書くようにしたほうがいいんだろうけど、うまくいかないの。10個くらい使えない曲ができ上がるのが関の山ね。

このアルバムの歌詞はすごくノマド的ね……。

ひとつの場所にじっとしていなくて……ちょっと夢物語みたいな。(曲を書いている時期に)ツアーをしていたからだと思うわ。そのときに置かれていた環境って、無意識のうちに影響するのね。だから、(たいていの)曲はそれを書いているときに自分が置かれた状況を反映するのよ。

あるイメージを説明しようとして、たくさん言葉が出てくるっていうのが大好き……。

だから、バンドの曲の歌詞の多くは、私の頭の中にあるイメージに基づいているの。繰り返し浮かんでくる言葉やアイデアがあるでしょう。普通とは違う素材でできた(想像上の)人間の肉体とか。(例えば)新しいアルバムでは、砂がたびたび登場するわ。

(『アメリカン・ヒストリーX』の監督)トニー・キー(Tony Kaye)は素晴らしい人物よ……。

ダンのお父さんが彼と一緒に仕事をしたことがあって、ダンもとても仲がいいの。彼はトニーという役で私たちの曲の中にたくさん登場しているし、(コラボレーションにも)すごく乗り気だったのよ。彼ってすごくクリエイティヴな人なの。「Oh Woman, Oh Man」のPVを撮ってくれたあとに、そのPVのセットをもとにしたインスタレーションをつくってくれたのよ。私たちの仕事をファンが見に来られるというわけ。すっごくクールじゃない!

悲しいときは、悲しい曲に惹かれる……。

いい気分のときはビヨンセ(Beyoncé)をよく聴くようになるの。友達と一緒に出かけているときは、ポジティヴな音楽を聴くわ! でも音楽って、聴く人によって捉え方が違うものでしょう。それがいいところだって思う。聴く人が、その人なりの解釈をするの。ひとたび(私たちの音楽が)世に出たら、そこから私にできることは何もない。それってすごくいい気分なの。

今までに使ったひどい隠喩? ひとつあるわ……。

酔ったときに何度か口にしたことがあるんだけど、もしかしたら他の人だったかもしれない。「バナナみたいに酔っ払う」ってやつ。何でかなんて知らないわよ! フルーツの中でも、バナナが一番酔っ払ってるみたいに見えるんだと思うわ!

ソングライターを志している人に向けたアドバイスは……。

書き続けること。わかるでしょう? 書けば書くほど、うまくなるから。好きなものに正直でい続けて。他の人の言うことなんて気にしちゃダメ!

ロンドン・グラマーの『Truth is a Beautiful Thing』は、6月9日にリリース予定。

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