アーティスト、イ・ジョンの仄かなネオンに彩られた世界

人気がなく閑散とした空間にネオンでつくった文字を並べた、写真とインスタレーション。そうした作品を通して、イ・ジョンは“孤独感”と“忘れ去られた世界”を表現する。

ソウルで生まれ育ったアーティスト、イ・ジョン(Jung Lee)は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでファインアートを学んだ。そこで一時期、英語の表面的な形式性と現実との差異を埋めようと努力したという。去年9月に開催された〈ONE AND J. Gallery〉での個展は、フランスの小説家マルグリット・デュラスの絶筆『これでおしまい』にインスパイアされたもの。沈黙やため息など、かの作家が文章に落とし込んだ難解なジェスチャーを、イ・ジョン独自の解釈で表現している。人気のない背景にゆるやかな言葉が置かれた作品からは“うつろい”が感じられるが、これは彼女自身にも言えるだろう。彼女の最初の写真シリーズ「Oriental women」は、20代半ばに、外国人留学生としてロンドンで過ごした自身の経験を反映しているのだ。現在彼女が暮らすソウル郊外の町は、南北朝鮮の非武装地帯にほど近く、都市と田舎の間に位置している。こうした“疎外感”を作品の核に据え、ジョンは誰も行ったことのない独自の世界を表現し続けているのだ。

子供時代の思い出が、無意識のうちにアーティストになりたいという私の願望に影響していたのね。

「子供のころ、ピアノのレッスンを受けていたわ。上手でも才能があったわけでもなかったけど、ベートーベンとモーツァルトの話や伝説が大好きだった。20代半ばで写真に真剣に取り組むようになったけど、それまではどんな分野であれ、アーティストになることなんて考えもしなかったわ。写真を勉強し始めたころ、私のような人間には写真が理想的なメディアだってことに気がついたのよ」

ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートにいたころから、作品に言語や文章を入れるようになったの。

「そのころ、言語はすべてを包括することができないんだと気づいたの。例えば、本当はどう思っているかに関係なく、『元気よ、ありがとう。あなたは?』と返事をするのが、日常会話におけるベストな方法だと誰もが考えているでしょう。そこから言語に関するアイデアが花開いて、そのあとすぐに言葉への情熱をネオンと結びつけるようになったの」

完ぺきで満ち足りて見えるものには興味がないわ。

「その代わり、不完全で何かが欠けているようなものに惹かれるの。完全ではなかったり、見捨てられたように見えるものに出会い、そこに自分の言葉を添えることに喜びを感じるのよ。そうすることで、自分自身の中に眠る美しさを発見したような気持になる。私の作品は、そういう言葉以外にメッセージを発することがないけど、見た人が自分の内にある“声”と向き合ってくれればと思っているわ」

視覚が、自分自身とその作品にとって一番大切ね。

「目に見えるものだけじゃなくて、頭の中のイメージもね。たくさんの時間を人間観察に費やしているし、作品から世の中の真実を浮かび上がらせたいと思っているわ。私の作品はパッと見風景写真に見えるかもしれないけど、最終的に示したいのは人間性だから」

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