デビューから22年。男子バレエを主軸に据えた最新作『ダンス・ダンス・ダンスール』で身体の躍動と美しさを紙の上に現出させ、漫画ファンとバレエファンの目を釘付けにしているジョージ朝倉。少女漫画誌から女性コミック誌、青年誌へと発表の場を広げる人気作家が漫画に描くもの、描きたいもの、そして漫画を描き続ける理由について聞いた。
「描きたいものを完璧に描けてしまったら、そこで漫画を描くことをやめてしまうのかもしれません」
「私が描きたいのは、感覚が鋭くて生命力の強い人。『テケテケ★ランデブー』のたよ子や、たよ子が恋する獅子王のような、どこに行っても生きていけそうな野性味ある人に憧れます」。現在『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載中の『ダンス・ダンス・ダンスール』の主人公・潤平ならば、生まれ持った身体能力と姿形に加えて、音楽に人一倍敏感に反応して踊れるタイプ。「10与えられたら10を受け取る、それどころか100にできてしまうような強さを持ったキャラクターを描くのは、彼らの感覚や行動を一緒に体験しているみたいで楽しいんです。絵は苦手だし、ストーリーを考えるのも大変だし、漫画を作りあげる全ての工程に苦しめられている。それでも20年以上漫画を描き続けていている理由は、自分の頭の中でキャラクターが行動したり、考えたり、発言したりするのを妄想することが好きだから。ただ、頭の中身を紙におこすのは本来とても自由なことのはずなのに、技術が追いつきません。でも、もし描きたいものを完璧に描けてしまったら、そこで漫画を描くことをやめてしまうのかもしれませんね」
『ダンス・ダンス・ダンスール』の着想は、娘が通うバレエ教室にいた小さな男の子の存在からだという。「この子や、現在活躍している男性のバレエダンサーたちは、『思春期をどう乗り越えるのかな?』と疑問に思ったんです」。作中でも「バレエ!? なんで?? 男なのに!?」というセリフが書かれるとおり、日本における男子バレエは、女子に比べるとやはりまだまだ人口は少ない。「そんな環境を彼らはどうやって乗り越えるんだろう? という思いが頭にこびりついて離れなくなってしまいました。ある立場の人に対する疑問というのは、私にとって物語を作る上で大きな要素になります。例えば以前の作品、『ハッピーエンド』では、学校で酷すぎるいじめに遭ったせいで引きこもりになっている中学生男子を描いたのですが、実はそこに登場するいじめの描写は、私がその昔バイトをしていた先の社員から聞いた話を基にしているんです。そのいじめの加害者側だった元ど不良の社員が大人になって同窓会に行った際、被害者の男性から、明るく『あの時はまいったよー!』と話しかけられ、面食らったという。その話を聞いてから、『どうやってその境地に辿りつけたんだろう?』とずっと頭にこびりついていました。キャラクターを描く時の追体験と同じように、その苦しい感覚がワッと時折覆い被さってきます。そんなわけで、現実、真実、答えは全く別なのだと思うのですが、フィクションとしてでもどうにか解決したい。答えを出さずにいられず描きました」
「自分が理解できないことを自分に納得させるために、漫画を描いているんです」
創作の種は、日常で遭遇する疑問にあり。それを見過ごさず、自らの中で問いを発し続けることで先へ続く道が見えてくる。「それともうひとつ、自分が苦手だと思う人がいたら、この人はどうしてこういうことをするんだろう? と考えに考え抜くと、そこからお話が生まれたりします。『ハートを打ちのめせ!』に出てくる嘘つきの女の子もこのパターンで、描いていくうち、この子にもそうするだけの理由があるんだと思えるようになり、描き終わった頃には、その嫌いな要素満載だったはずのキャラのことを好きになっている。自分が理解できないことを自分に納得させるために、自分のために漫画を描いているんですね」
1995年に発表されたデビュー作『パンキー・ケーキ・ジャンキー』以降、代表作である『溺れるナイフ』でも、連載中の『ダンス・ダンス・ダンスール』でも、多くの作品で10代の少年少女たちを主役に据える。「精神が安定していなくて、自分の欲求と自分がいる立場の乖離がひどくて、バランスの取れない思春期って、外から見ると興味深いけど本人は辛いですよね。何が辛いのか? どうして辛かったのか? という疑問がやっぱり出発点で、少年少女を描き続ける理由になっています」
「描いていて特に楽しいのは男の子。それは、共感というものから勝手に離脱できるから」
幾重にも巻きつき、絡み合ってほどけない自意識に囚われた思春期のあの刹那を、ジョージ朝倉の作品は丁寧に描き出す。「描いていて特に楽しいのは男の子。それは、共感というものから勝手に離脱できるからです。私自身漫画を読むときは、追体験はしても共感はあまりした記憶が無く、幼い頃から恋愛漫画は好きだったけど、憧れの先輩もいなかったし、初恋も遅かった。自分は共感できるキャラクターを描くのが苦手だという思い込みもあって、女の子の主人公には構えてしまうところがあります。だから、『フィールヤング』(祥伝社)で20代女性の話を、と言われたときは悩みました。20代女性の恋愛を描くことには全く興味がないし、そもそも20代の女なんてろくでもない! と思っていて、それはつまり自分がろくでもなかったからなんですけど……じゃあそのろくでもなさを描こう、と生まれたのが『ピース オブ ケイク』の主人公たちです。でもやっぱりまだまだ、思春期への興味は尽きません(笑)」
創作論の基本にあるのは、中学生の頃に読んだ坂口安吾『FARCEに就て』の言葉。「単なる写実は芸術とは成り難いものである。/言葉には言葉の、音には音の、色には又色の、もつと純粋な領域がある筈である」という文章に触れ、「書くからには “純粋な領域”を目指さなければならない、という強い言葉に『そうだ! そうですね! 安吾先生!』と中2病全開でいたく感激しました。今でも、言葉を選ぶとき、絵を描くとき、マンガを作成する折々でその言葉がチラつきます」。大きな瞳、光の粒が散らばる美しいカット、熱を孕んでダイナミックに展開する画面構成は、ジョージ朝倉の漫画の持ち味だ。だが、作家が描きたいのは、「読んでいる人が気持ちいいと思ってくれる絵」だという。「ただ綺麗なだけではなく、ストーリーにしっかりリンクして、登場人物の情動を伝えるものであってほしい」。その絵は時に、数十センチ四方の紙の上に風を巻き起こし、振動や衝撃までもこちら側に伝えて、読者の心を揺さぶり鳥肌を立てさせる。
人間の静と動、音、衣装など多くの要素をちりばめたバレエという芸術を切り取って、紙の上に描き現す。『ダンス・ダンス・ダンスール』では、バレエのポーズだけではなく、躍動する身体と空気の動き、音や光までも描写する。「バレエはですね……観慣れない方には退屈そうという偏見があると思うんですよ。私がそうでしたから! 王子様、お姫様役がシャラシャラ踊るのを見せられてもなあ……と、失礼にもそう思っていました。でも実際は、幼い頃から鍛錬された、その中からさらにふるいにかけられたプロ達が技術、経験、生き様を舞台で爆発させているんです。たまりませんよ! その中でも生命力が強く、光り輝くエネルギーをバン! と客席に届けられる演者さんからは目が離せなくなるし、そのエネルギーを表現しようとするコリオグラファーの作品は、もっともっと観たくなる。そのパワーを、少しでも、漫画を通して届けられたら嬉しいです」
ジョージ朝倉/1974年生まれの漫画家。1995年「パンキー・ケーキ・ジャンキー」が『別冊フレンド』(講談社)に掲載されデビュー。講談社漫画賞少女部門受賞、映画化&ドラマ化された『恋文日和』などの作品を経て、2001年『ハートを打ちのめせ!』で女性コミック誌での連載を開始する。2003年から『IKKI』(小学館)で『平凡ポンチ』を、2015年から現在まで『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で『ダンス・ダンス・ダンスール』を連載、青年誌にも活躍の場を広げる。『フィールヤング』(祥伝社)で、20代女性の物語に挑んだ『ピース オブ ケイク』が2015年に、全17巻とキャリア最長連載となった『溺れるナイフ』が2016年に実写映画化されている。2017年7月12日頃『ダンス・ダンス・ダンスール』最新第6集が発売予定。