メディテーションの秘密ーー静寂が感覚に与える影響とは

漆黒に包まれた瞬間、すべてが変わる。ビューティーエディター、アニータ・バグワンダスはメディテーションに出会い、さまざまな“感覚”に違いを感じた。瞑想と嗅覚の、意外な関係とは?

感覚が研ぎ澄まされる。迫りくる攻撃に対して脳は危機的状況を感知し、サバイバルモードに突入。すべての感覚が警鐘を鳴らし始める。悪夢やホラー映画みたいな恐ろしい状態だ。だが、瞑想するために目を閉じることで現れた暗闇の中でも、これと同じような感覚を得ることができる。もちろんゾンビの攻撃はなし。インドのスピリチュアル界をリードするシュリ・シュリ・ラビ・シャンカール(Sri Sri Ravi Shankar)は、メディテーション(瞑想)が感覚に及ぼす影響を最高のものだと位置づけている。「完全にリラックスしているが、同時に認知は研ぎ澄まされ、知性が高まる。感覚がとてもクリアになるのだ。視界が開け、思考も聴覚もよりはっきりとする。曇りのないクリスタルのように、感覚がありとあらゆるものを神のごとく映し出すのだ」。

伝道者みたいに聞こえるかもしれないが、そうではない。昔は私も瞑想なんてばかばかしいと思っていた。落ち着きと精神的平穏なんて元来備わっているかのように見えるインドのヨギーによって考え出され、それまではほかのみんなと同じくタバコと酒に明け暮れていたであろう独善的な西洋人によって広められたものだからだ。しかし、気苦労が絶えない生活サイクルから抜け出られずにいると、過去に犯した過ちが何度もフラッシュバックし、未来にも影を落とすようになる。そしてそれが常に私たちを覚醒させ、周りの人たちとの関係性を希薄にし、変化すべきものからも目を背けさせてしまうのだ。このサイクルがついに絶望へと至ったとき、私は〈ロンドン・ブッディスト・センター〉の門をくぐった。そしてわずか10分の間に、仏教式メディテーションの1カ月コースと、気づきの瞑想1日コースへの登録を済ませていたのだ。それからは、自分のために新たなルーティンをつくり出す毎日となった。以前は、朝は寝ぼけ眼で大混乱、メイクはバスの中で済ませ、アポをすっぽかしていた私。今では毎朝レモンを浮かべたお湯が冷めるまでの10分間に(わかってる、私もそんな自分がムカつくもの)ソファの上に座り(絶対にベッドの上で瞑想はしない。寝ちゃうから)、〈Insight Timer〉というアプリを使ってガイドを流しながら瞑想する。今みたいに比べられることに悩んでいるときは、それを解きほぐすための瞑想を探し出すのだ。もし起きたときに頭上にモヤモヤが重く渦巻いていたら、アップビートな瞑想を選ぶか、音楽をかける。やらなかったらどうなるのかって? 脳みそが再びぐちゃぐちゃの混乱状態になってしまう。新しい朝のルーティンは、魂を削っていく心の興奮を部分的に止めてくれただけでなく、私自身の“感じ”方まで変えてしまったのだ。

瞑想を始めてから起こった最大の変化は心に平安が訪れたことではなく、感じ方が変わったことにあった。それも、すぐに。ディープな瞑想のセッションを終えて目を開けたあと、まるで初めて本当にものを見たかのように、すべてがぼやけたテクニカラーから像を成し始めたのだ。とはいえ通常の瞑想を数週間も続けると、急に感覚が追いつくようになった。特に音楽やバイノーラルビートを使うセッションのあとに、視覚、味覚、触覚、聴覚が開け、自分の周囲のものに注意が向けられるようになったのだ。バイノーラルビートは、脳のさまざまな部分で情報を処理するために出るガンマ波よりに脳波を誘導すると言われるもの。おもしろいことに、ガンマ脳波は、五感を通じて現実を把握する能力を高めることにもつながっているのだという。

だが、今までのところ、私が瞑想で一番変化を感じたのは嗅覚である。すべてのものがより甘く香るようになったのだ。ツンとくるような悪臭でさえも、おかしなことに魅力的な香りに感じられる。瞑想で嗅覚が研ぎ澄まされるなんて、ちょっと妙な気がするが、あながちレアなことでもないらしい。〈ロンドン・メディテーション・センター〉の創設者で、疲れ果てたロンドンっ子たちに休息を与えようと奮闘中のジリアン・ラヴェンダー(Jillian Lavender)は、こう言っている。「瞑想をすると、すべての感覚が鋭くなるの。セッション中に深い静止状態になることで、ストレスや毒素の作用で阻害されていた嗅覚が浄化されるのよ」。嗅覚はときに厄介なものだ。例えばフェス会場のトイレの前を横切ったり、強い香水を嗅いでしまったとき、避けようもなく襲ってくる。〈マッキャン〉が世界各国で16歳から30歳までの7千人を対象に行った調査によると、その実に半数が、ノートパソコンやスマホのためなら嗅覚を失ってもよいと答えたそうだ。

これはおそらく、私たちが嗅覚をほとんど使っていないことに起因しているのだろう。もしくは一見不必要なその感覚を過小評価しているのだ。私は、そうなってしまうのは単に感覚の鍛え方が足りないせいだと思う。カリフォルニア大学バークレー校で、人間が犬のように嗅覚を使って追跡する実験をした際、被験者(目隠しをされ、手袋と耳栓も装着)はチョコレートオイルの香りを10mたどるように指示された。頼れるのは嗅覚のみという状況で、被験者の3分の2が最後まで追跡することに成功したという。そして、回を重ねるごとに成功者は増えていったというのだ。感覚を実際に使うことで、夢のような新しい世界の扉が開かれる。私の場合は、それが嗅覚に起こったのだ。

6ヵ月間瞑想を続ける中で、それが私にもたらされた最大の収穫だった。癒しの声がセッション中にガイドしてくれるというたぐいのものではない(ただ、一定の間隔で聞こえる“オーム[訳注:祈りを唱える聖職者]”の声に感覚が揺さぶられるということだけは言っておく)。同じフレーズのリピートを繰り返し続けるというだけのものだが、本当に心が壊れるのをブロックしてくれるのだ。ときには年を取ったように感じることもある。私の父も瞑想をするのだ。フィットネスをすることがクールだと思っているわけではないが、なぜこんなにも多くの人、とりわけ将来に不安を抱える20〜30代がこの話題に敏感なのかはわかる。デジタル機器や秒速で変化する魅力たっぷりのさまざまなもの(インスタグラム、スナップチャット、ブログ、ピンタレスト……)にどっぷり浸かった私たちの脳は、休息を必要としているのだ。瞑想はそんな私たちに道を開き、周囲のフレッシュな世界へ導いてくれる。さらに、外と内の世界をつなぐ架け橋というすてきな贈り物までつけて。

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