ノガ・エレズ(Noga Erez)のデビュー・シングル『Dance While You Shoot』は、さまざまな音の反響に満ちた大胆なサウンド世界だ。露骨な表現は避けながらもリスナーの感覚をチクチクと刺激して、怒りや恐怖といった感情を思い起こさせる。暴力にさらされたときにひとが感じるあの不安の感情を、不思議とポジティブなものへと変えていくそのサウンドは、ともすれば「不快なポップ」ともなりうるM.I.A.の音楽に共通するクオリティがある。
あなたは音楽を伝達の手段と捉えていますか? それとも楽しむためのものだと考えていますか? あるいはその両方なのでしょうか?
両方ですね。私は、音楽とは、「ひとびとが世界をそれそのものとして受け入れるために必要なもの」としても、「いま現実に起こっていることから逃避するために必要なもの」としても重要な役割を果たすものだと考えています。
「歌詞に用いられている言語を母国語としないひとびとにも曲の意図が明確に伝わる」ということは、あなたにとって重要なことですか?
もちろんです。
そのような音楽作りは簡単ではないでしょう?
難しくはないです。まずはサウンドを作ってから歌詞を書くので。音楽こそが第一言語であり、それを通してすべてを表現しているつもりですから。
シングル『Dance While We Shoot』を作ったきっかけについて教えてください。
ある日、前日に出来上がったビートを自室で聴いていたんです。それは、私たちが生きて経験してきた過酷な現実から生まれた、とても力強いビートでした。現実は混沌としていて、私の周りで起こっていることに私は不安が募っていました。『Dance While We Shoot』にはヘリコプターの音が入っているでしょう? あの音に、リスナーは巻き起こる暴力を想像するはずです。私は、前日に作ったビートを聴きながら、自室でひとり怒りとストレスに震えていました。ずいぶんと長い時間、そんな風にただ座ったままでいたんですが、深呼吸をして立ち上がり、コーヒーを淹れようとキッチンへと歩き始めた——その時、「Can you dance while you shoot(銃を撃ちながら踊ってみて)」という歌詞が思い浮かんだんです。それまで、私の体の中にうごめいていた怒りの感情をなんとかしてポジティブなものへと昇華する手立てを、ずっと探していたんです。だから、あの曲は私の精神状態から生まれたものですね。
なぜこの曲をファースト・シングルに?
ファーストとしてリリースすることでそこに生まれてしまう別の意味を考えると、これをファーストに選ばないという道もありました。でも、その音楽性からやはりこの曲がファーストとしてふさわしいし、「やっぱり今わたしたちにとって重要な意味を持つこのシングルをファーストにしましょう」ということになったんです。
音楽作りは、特定の気分のときに行なうのでしょうか?
自信がみなぎっているときに作りますね。「できる」という自信がなければ、曲を完成させられませんからね。子供の頃から、たかだか3年ほど前までは、コーラスやメロディといったパーツを思いつくままに作り上げるだけで、曲として完成させることができずにいたんです。初めて曲を完成させたときに、自分の能力に自信が持てました。自分を信じられるとき、「できる」と確信できるときでないと、曲は書けません。頭の中では常に、「できない」と囁いているもうひとりの自分がいますから。
怒りが圧倒的なときでも音楽作りはできるのですか?
もちろんです。私の音楽においてもっとも大きなテーマは怒りですから。音楽は私にとって、自分の感情と向き合うという行為です。怒りというのは特別な精神状態です。その感情は、人間の気持ちを外に向かわせますから。悲しみはひとを内へと向かわせます。内へ内へと向かう「悲しい」という感情に支配されているとき、私は音楽を作れません。怒りは、外に吐き出さないことにはどうにもならない。それが私のクリエイティビティに直結しているんです。他のどの感情よりも、怒りが私のクリエイティビティを刺激してくれます。
あなたの出身が政治的に不安定な情勢の続くイスラエルだということで、ひとびとはあなたの音楽を政治的だと決めつけてかかる傾向にあると思いますが、そのような状況を打破したいと思いますか?
これを政治的だと解釈するのはおかしいことだと思いますね。なぜなら、これはまったく政治的でもなんでもありませんから。私は音楽を通してアクティビズムを展開しているわけではありません。確固たる意見は持っていますが、でも音楽とそれは完全に切り離しています。私は、いま私が暮らしている場所、みんなが生きているこの“世界”で起こっていることを、じかに生き、感じて、それをパーソナルに表現しているだけです。私はあくまでもパーソナルな視点で音楽を作っています。グローバルな視点で書こうなどと思ったことはありません。でもパーソナルな視点こそは、意見なんかよりもよっぽどグローバルなあり方なんだと思うのです。私は、私の音楽において、政治的にどの側にも立っていません。ただ現実を注視して、そこで感じることを音楽で表現しているだけです。
あなたの感覚は敏感ですか?
とても敏感な状態にあると思います。私は繊細ですが、とても現実的でもあるので、どちらかといえば健全な状態にあるんじゃないでしょうか。感情も感覚も、私の周囲で起こることにとめどなく反応しますから。電話を使っているときは除きますが——スマートフォンは私が持つ大きなひとつのネガティブな面ですね。取り憑かれたように使ってしまう……スマートフォンを使っているとき、人間の感覚は反応が鈍くなると思います。
ビジュアル・メディアにはインスパイアされますか?
もちろんです。どんな形式でも、アートには触発されます。映画『ショーシャンクの空の下に(The Shawshank Redemption)』を観て曲を書いたこともありますよ。その曲『Noisy』は、心は牢獄で、人間は人生において、成長とともに何度も“また心の牢獄の中に閉じ込められている”と気付かされるもの、という内容です。
音楽業界で、あなたが女性だということで抵抗にあった経験などはありますか?
普段の生活ではそれを感じることはありませんが、パフォーマンスをする際に私が会場入りしてセットアップをしようとすると——私のパフォーマンスはテクノロジーを多用するので——私の指示に会場のサウンド担当が「いや、違うね」と反論したり、逆に会場側の指示に私が納得できなかったりすることがあります。そんなときはすべてを自分でセットアップをします。すると会場側は、「どうやってこれを?」と非を認めることになります。それと、私の場合には一緒に音楽活動をしているパートナーがいて、それが男性なので、私だけの力ではないんですよ(笑)。
音楽作りにおいて、あなたは完璧主義者ですか? それとも、完璧ではない中にスピリットを織り込むことを大切としているのでしょうか?
アルバムに収めた曲のほとんどは、第一テイクのボーカルをそのまま使っています。だから、完璧主義者でもあるし、完璧ではない状態に美を見出す主義でもあります。だって、最初にやったときにそこに生まれるものというのは、どうやっても再現できませんからね。最初のテイクというのは、もう2度とないチャンスなんです。『Dance While You Shoot』では、サビ以外の部分をノートパソコンのマイクでレコーディングしていたんですが、それをスタジオで録り直そうとしてもやはり私が求めているものはどうやっても再現されませんでした。だからノートパソコンで録ったボーカルをそのまま使ったんです。